Home » ロックス第三弾・インタビュー生原稿

ロックス第三弾
インタビュー書き起こしノーカット

回答者:鈴木寛
インタビュアー:田中ひろみ(2006年度すずかんゼミ長)、土屋絢子(2006年度すずかんゼミ生)


田中● 第一弾、第二弾は“卒近代”がテーマになっていましたが、それでは具体的にイメージしにくい、ということで、今回は若い世代である私たちと鈴木先生の対談が実現しました。

鈴木◇ 第一弾、第二弾の“卒近代”というテーマは、私の中ではクリアなんだけれど、宙に浮いた抽象的な話でもあって。想像力の逞しい方にはウケたようで、多少なりとも反応が返ってきて楽しいし、既存のモダンシステムとの軋轢やコンフリクトに悩んでいる人には響いたと思うんだけど、そうした具体的な困難に直面していない人にも、このテーマを共有してもらいたい、というのが社会創造家としての僕の思い。なので、そういう意味での共鳴者を増やしていきたいなと。奇しくも、僕は1986年に大学を卒業して社会に出て、当時“日本株式会社の参謀本部” といわれた通商産業省に入った。95年の9月にプラザ合意があり、円高が急激に進んで、その後にはバブルも始まり、そして崩壊する。一方で、89~91年ごろはアメリカが“スーパー301条”(米通商法301条)を持って、日本に対する経済的な制裁をやっていて、まさに日米経済戦争の中枢に入ったわけです。その僕が、“そうしたモダンシステムを卒業しなきゃいけない”と思ったわけなんだけれど、今回はそんな86年に生まれた二人、このジェネレーションのみなさんと、卒近代を構想・創造していこうと思っています。田中さんは2006年鈴木寛ゼミのゼミ長で、土屋さんは同ゼミの最優秀ゼミ生(笑)で。当時は僕から提供することばかりだったけれど、あれから2年経って、二人も社会に対して様々なものを創造していく立場になる。その直前に、一緒に卒近代を構想できればなと。それと、2回目と3回目の間で、9月15日に奇しくもリーマン・ブラザーズが破綻して、そこからFRB(連邦準備制度理事会)前議長のグリーンスパン氏が言う、“80年ぶりの世界金融危機”が現実になった。識者はみんな“恐慌”だと思っているんだけど、誰かが言い始めると、実際に恐慌になった時にその人のせいにされるから(笑)、みんな“金融危機”と言っているけれど、この2008年9月というのは、後に歴史家が振り返った時に、世界金融の中心であるウォールストリートの崩壊が始まった重要なポイントになるでしょう。近代の崩壊において、一つの重要なポイントは2001年9月11日の米同時多発テロですが、それと並ぶ重大なエポックになるだろうなと。いよいよ、我々のゼミではよく言われていた“ポストモダン革命”というもののトリガーが引かれたということだと思う。

田中● そんな時だからこそ、これからの次代を担う私たちと対談する機会を持ちたい、ということですね。

鈴木◇ そうそう。あまり悠長なことを言っている時間はなくなってきているから、崩壊の過程の中で新しい卒近代を創っていかないと、ただ壊れるばかりになってしまうからね。崩壊の始まりを、創造の始まりにしていかないといけない。その役割を担っているのがいまに生きる我々の時代で、まさに来年から社会に出るみなさん方と話し合いたいなと。僕は44歳でちょうど折り返しだけれど、とくにみなさんは、これから40年、50年とそれを担い続けていく。僕はモダンとポストモダンの二世を生きてきたけれど、みなさんはモダンの黄金期を知らないし、新たなモダンを創造する第一ジェネレーションになるんじゃないかなと。

田中● 急いで卒近代を創っていかなければならない、というなかで、何回も話を聞きながらも、具体的なイメージがしきれていないので、あらためて分かりやすく説明していただければと思います。まず、演劇の特徴が卒近代の特徴にも当てはまる、というお話がありましたが。

鈴木◇ 分かりやすく、という意味で演劇の前に一つだけ申し上げておくと、まず“分かる”とは何なのか?ということ。卒近代が何なのか、ということは科学的・分析的に理解することはできないから、イメージするとか感ずるということになる。面白いと思うのは、今年のノーベル賞で物理学賞3人、化学賞1人と日本の科学技術研究の新しいエポックができた。そして、物理学賞が発表されたまさにその日、10月7日に日本の証券取引市場は崩壊したんです。ウォールストリート・クラッシュの余波を、もろに被ってしまった。しかし、ノーベル物理学賞、翌日の化学賞の発表で、日本人はみんな幸せになった(笑)。これがある意味でポストモダンの象徴で、経済的には大変なことが起こっていて、心理的なネガティブスパイラルが起こりうるところなんだけれど、次の日の新聞には一面にノーベル賞受賞と、証券取引所の過去最大のクラッシュが同時に掲載された。多くの人にとっては、日本人がノーベル賞を受賞したからといって、一円の得もしない(笑)。だけど、みんな幸せな気分になったじゃないですか。ほんの一例に過ぎないんだけれど、これがポストモダンの特徴でもあって、これから色んなところで起きていくだろうと。

田中● 私はモダンの黄金期を知らないので、“経済が崩壊する一方で、ノーベル賞の受賞は嬉しい”ということが当然のこととして受け入れられるのですが、以前では考えられないことなんですか?

鈴木◇ 考えられなくはないけれど、経済のウエイトが低くなってきている。逆に言うと、経済がクラッシュしてもノーベル賞を沢山取ってくれれば我々は幸せだ、ということを、あの日、日本人は知ってしまった。それが面白いし、大事だということです。演劇の“芝居乞食”にも同じことが言えて、乞食をしていることは社会的には、あるいはモダンの価値観からすれば悲惨なことだけれど、“芝居乞食”は幸せな生き方の一つとして捉えられる。ノーベル物理学賞を受賞した益川敏英先生の奥さんのインタビューに、“今まで、二人で海外旅行に行ったことがない。ノーベル賞の授賞式は初めての海外旅行で嬉しい”という素敵なお話があって感動しました。これまでの日本人には、とにかくお金を沢山儲けて、それこそ“3C”と言われた車、クーラー、カラーテレビを買って、マイホームを建てて、さらに言えば海外旅行などの娯楽も、という幸せ観があった。そうした経済優先の考え方の一方で、どの時代にもごく少数、時代とは違った考え方をする人がいて、それが学者さんたちの生き方です。経済的価値よりも、真理を究めることを志向して、夫婦で海外旅行もしなかった人が、一躍日本の主役になり、尊敬と憧れの対象になった。革命というのは暴力で何かを成すことではなく、世の中の価値観、大事にされるものの順序を変えることが本質なんです。とくに後期モダンは経済的に豊かであること、池田勇人の時代から言われてきた“国民所得の倍増”、国としてはGDP・GNPの成長がすべての指標だった。日本を含めた多くの国が、“それこそが幸せなのだから”と、あらゆるものを犠牲にした。その典型として起こったことが、子供を産み育てる女性に経済的負担をおっ被せて、それ以外の人を経済戦争に加担させたことによる少子化です。さらに、1989年のベルリンの壁崩壊以降、資本主義の純化が加速度的に進み、ワークライフバランスが大きく変わった。要するに、地域社会から労働力を引き剥がして都会に注入し、24時間・365日・40年間、人生のほとんどを経済活動に捧げるというモデルを作ってきたわけです。

田中● 近代という時代は長かったけれど、とくにベルリンの壁崩壊以降、行き過ぎた状態になっていると?

鈴木◇ 欧米における近代化は、1776年のアメリカ独立革命、1789年のフランス革命、それに先んずる1770年代イギリスの産業革命・市民革命から始まっている。つまり欧米は、人間とのバランス、宗教とのバランスを取りながら、ある程度ジワジワと近代化を進めてきたんです。しかし日本は、明治維新以降に遅れて近代化を始め、第二次大戦の敗戦はその遅れによるものだと総括した。現にその総括は正しくて、アメリカは原爆を作れたが、日本は作れなかった。戦車や空母についてもそうで、まさに第一次大戦以降、経済を含んだ総力戦の大戦という時代に入り、日本の国力はアメリカ及び連合国に及ばなかった。そうした総括の上で戦後が始まったわけだから、日本はすべてのものを近代化に注ぎ込んだわけです。基本的に自民党政権がずっと続いたのは、裏を返すと、労働者や労働組合によって支持された政党が一度も政権についたことがないということ。ヨーロッパでは、とくにイギリスは労働党が何度も政権についているし、ドイツでは社会民主党がそう。つまりもともと日本は、近代化・経済至上主義の一辺倒であったのだけれど、1989年以降は、世界中がそういう状態に入っていったということです。経済に特化した日本は、1980年代に“ジャパン・アズ・ナンバーワン”という地位を確立したけれど、ベルリンの崩壊以降に他国も資本主義に特化し始め、国際競争はさらに激化して、その戦いに参画するため、日本は近代化政策をさらに強化しなければならなくなった。そんな中で、よりワークライフバランスも崩れ、経済への総動員ということが強化されてきた。それまではストライキもあったし、公害問題に対しては社会党がブレーキをかけることがあったけれど、90年代以降はそういうこともなくなってしまった、という時代背景です。

田中● そしてつい最近になって、再びブレーキをかける話が出始めたんですね。ライフワークバランスや、エコに対する言及も増えてきて。

鈴木◇ 本当にここ1~2年、小泉さんが退陣してからの話ですね。それまでは、資本純化路線が進んでいたわけで、それに対する反省が大きくなってきたと。ただその反省が、社会のシステムやガバナンスを変えるに至っているかというと、そうではなくて、資本主義強化のメカニズムはまだ残っています。世界に目を転ずると、1989年以降、資本主義の純化によって、とくに金融資本主義が飛躍的に拡大した。また、それまでの資本主義はヨーロッパ、アメリカ、日本の西側諸国だけのものだったが、東西冷戦が終わり、90年代以降ロシアが参画してきたり、中国が参加してきたりと、10億人のものだった資本主義があらゆる地域に組み込まれ、いまや40~50億人がその体制の中で生きるようになった。

田中● 先生は、第一弾・第二弾で、“近代が行きすぎたことによって、色んな問題が起きている”というお話をされましたが、なぜ近代が壊れていくのか、というところをもう少し具体的に伺いたいです。

鈴木◇ やはり、行き過ぎたから、あるいは大きくなりすぎて、バランスを崩したからですね。金融の崩壊に絞って言うならば、実体経済の成長と比較して、金融市場の成長があまりにも急速すぎて、バランスを崩したがために起こったこと。また、この間イギリスの軍人さんと話していて聞いたのは、“(アメリカと同様に)イギリスでも、若い人たちは日曜日にも教会に行かなくなってしまった”と。例えばキリスト教国は、月曜日から金曜日までは確かに一生懸命働くかもしれないが、土曜日と日曜日には、家族や神とともに、という時間を作ってきた。日本はそういう中で、休むことなく働いてきいてきて、“働き中毒”とまで言われたけれど、いまや世界中の人がそうなり始めているんです。ロンドンのシティの人たち、シリコンバレーの人たち、そしてウォールストリートの人たちと、国籍を問わず“働き中毒”が蔓延したと。

田中● お話を聞いていると、近代が行きすぎたから問題が起きていて、単にもう一度バランスを取り戻せば良いのか、という疑問が沸いてくるのですが。

鈴木◇ だから、おそらくモダンの人たちはバランスの回復を図るのでしょう。89年までの先進諸国においては、労働組合階級と資本家階級とのバランスを取るメカニズムが、時々起こる政権交代によって保たれてきた。しかし、現在において、それに代わる仕組みが作れるかというと難しい。本家本元のソビエト連邦や東ヨーロッパの国々は、社会全体の非効率ということで壊れてしまった。つまり、左翼思想的な社会経営をもう一度引っ張り出して、1~2年しのぐことはできても、それは一度失敗したシナリオなんです。

田中● 結局、また近代の行きすぎということを繰り返すと?

鈴木◇ あの時失敗して、なぜいま成功すると考えられるのか、ということ。例えば、1960~70年代は公害問題が大変だった。しかしそうだったにも関わらず、資本主義は純化され、中国の大気汚染や水質汚染を見ても分かるとおり、それは世界中に撒き散らされている。歴史は繰り返していて、まったく反省されていない。つまり、いま再び社会主義的・共産主義的な左翼思想をもって修正を試みても、バランス論だけでは本質的な解決には至らないだろうと思います。そこでなぜポストモダン論が必要かというと、結局は人間一人ひとりが持っている価値観の転換というところに持ち込まないとダメなんだ、ということです。マルクス批判になるけれど、右派も左派も、つまり資本主義側も社会主義側も、共通的な価値観として“物理的な豊かさ”というものをもっている。資本家の物質的豊かさであれ、それはもともと労働者から搾取されたものなのだから労働階級に取り戻せ、ということであれ、経済至上主義であることには変わりないんです。

田中● 物理的豊かさが幸せであるという価値観を持っている限りは、同じことを繰り返していくということですね。

鈴木◇ そうですね。それが、“卒近代的価値観”です。ソ連にしたって中国にしたって、やっぱりGDP至上主義だし、労働者階級が支配するのか、資本者階級が支配するのか、という違いしかなかったんだから、本格的に物質的豊かさを至上とする価値観を変えなければならないと。

田中● というのは、結局人間は物理的な豊かさだけは幸せになれない、という背景があるからということでしょうか。

鈴木◇ そういうことです。とくに日本においては、すでにある程度物質的に豊かになったけれど、全然幸福度はあがっていないではないかと。うつ病は増えたし、ワークライフバランスが壊れた結果、子供を育てにくい社会になり、出生率は1.34(2007年厚生労働省「人口動態統計」)にまで落ち込んだ。出生率は2.0が普通なんだから、これは異常でしょう?

田中● 物質的豊かさだけでは幸せになれない、と考えている人は割りと沢山いると思うんですけど、それでも行きすぎてしまうのはなぜですか?

鈴木◇ それは社会システムの問題で、一人逸脱した行動をすると干上がってしまうからでしょうね。いまは究極の選択になっていて、正社員として留まって、出産適齢期の女性でも毎晩終電で帰るなど、非人間的労働の歯車に巻き込まれるのか、そこから離脱してワーキングプアになるのか、そのどちらかしかない。もう少し色んな段階があれば、“いまは離脱して、また戻ればいい”ということもできるわけで、これは社会システムの問題なんです。

田中● そういう社会システムを設計している“誰か”が存在するわけですよね?

鈴木◇ 近代国民国家システムというのだけど、大久保利通から始まり、戦後は吉田茂や、官僚システムがそれを設計し直し、あるいは純化したわけです。また、ウォールストリートの金融マンや会計士、弁護士や立法者もそう。

田中● 正社員でもそんなに働かなくて良いんだよ、ということにすると、競争に負けてしまうから、そうならない社会システムを作ったということでしょうか?

鈴木◇ それに歯止めをかけていたのは労働組合だったんだけれど、とくに1989年以降、その発言力を低下させる政策をとってきたわけ。つまり、国内・国際の競争に勝ち残るため、効率化・収益化という方向に持っていた。例えば派遣労働なんかもそうで、派遣労働法ができるまでは、そもそも正社員という枠組みしか認めなかった。しかしこれが合法化したことによって、正社員がいて、派遣労働者がいて、契約社員がいて、アルバイトがいて……というように、会社の中にも階級が生まれたんです。さらに言うと、日雇いバイトもいる。いまは多くの会社で、正社員率は3分の1を切っています。読売新聞もそうだろうし、NTTグループなんかもおそらくそうでしょう。これはある意味で恐ろしい差別の構造で、正社員からドロップアウトはできるけれど、戻ることができない。

田中● “正社員を辞めたら戻れない”というのはよく聞く話しではありますけど、普通に考えたら戻れても良さそうですよね。

鈴木◇ しかし、これまでの社会システムでは、そういう枠組みが用意されていない。既存の会社は慣性力でそうなっているから、ベンチャーなんかは色んなことをやれるんですよね。新聞社や雑誌社にフリーのジャーナリストとして戻る、というように、個人事業主として会社から仕事を受けるケースもあるけれど、今度は収入が不安定化する。毎日のように契約社員やアルバイトの悲惨さを見せ付けられていて、自分も一度ここから外れてしまうと、“あっち側”に行ってしまうという恐怖感があるし、誰もハッピーな人がいない。制度や社会システムは、もちろん人間が作ったものなんだけれど、ある段階から、人間の側が社会システムに組み込まれてしまう、という逆転現象が起こるんです。ある時代の前半というのは、システムを作っていく段階であり、制度上の不具合や故障が出てくるんだけど、それがドンドン改良されて、社会システムの進化と人間の幸福が、同じベクトルを向いている時代が来る。それが安定的に機能され、充実していくのが第二期で、次に来る第三期は、そうやって作られてきたシステムの慣性力で流れていく時代なんです。つまり、色んな蓄積があり、意味があって進化してきたシステムが、人々の幸せのベクトルから、時代の変遷によって段々と乖離していく。そしていまの時代は、そうした崩壊プロセスの終盤にあると思います。

田中● なるほど! 近代が崩壊していくということの流れが分かりました。そこでみんなが感じるのは、“じゃあ、どうすれば良いんだ?”ということだと思うのですが、先生が求めるは、どういった価値観の転換なんですか?

鈴木◇ 試行錯誤しながら、新たな価値観を生み出していくわけですが、実はそのポイントは色んなところに出てきていて。とくに面白いのは、どの時代にも一番最初にそういう動きが始まるのは、アートの世界なんですよ。あるいは文学、人文科学、哲学や倫理学という学問の世界。僕も正解を持っているわけではないし、色んな人が試行錯誤しながら、ドンドンやってみるしかない。これは僕の仮説でしかないんだけれど、人間の必要量を超えた物質的豊かさを追求させて、合目的でないものをドンドン切り捨てさせるメカニズムに代わって、コミュニケーションやコネクション、絆や繋がりが求められるようになると思う。現に、ヒットソングにそうした言葉を使ったものがチョコチョコ出てきているし、経済よりも、コミュニケーションやコラボレーションで、クリエイトすることが大事になるのだろうと。

田中● そういう仮説に至った根拠というのは?

鈴木◇ モダンがダメだということは、理論的に詰めていけば分かるんですけど、ポストモダンが何なのか、というのは直感でしかないんです。だから、根拠はありません。では、なぜ僕がそういうインスピレーションを得たかというと、それが今日の本題であって(笑)。つまり、大学時代に演劇と出会った、ということが大きい。というのは、僕が小学校の頃から受験戦争に対する、ものすごい違和感を持っていたわけ。つまり、テストで人に順番をつけることに嫌悪感があって。僕が通っていた中学校や高校は、みんな勉強ができるから(笑)、成績で順番をつけたり、席順を決めたりということはなかったし、自由な学校だったから良かった。僕自身も“勉強がすべて”という価値観がなかったから、音楽やサッカーをやっていて、そういうことに一生懸命に取り組むことがリスペクトされるコミュニティにいられて、すごく心地よかった。しかし世の中全体からすると、やっぱり受験戦争が蔓延していて、それを壊したいという思いがあった。日本は、外から言ったって“犬の遠吠えだ”と一蹴されてしまうから、受験戦争に勝って、“内側”に入った上で、“だから何なの?”と提起してやろうという野心があったんですよ。坂本竜馬が剣の達人であったように、大久保にしても西郷にしても、明治の志士たちは、そのジェネレーションの中で武士道の魂である剣術に相当長けていた。つまり、時代を変えるには、モダンにおける競争に勝ち、コンペティティブなものを身に付けないといけないと思ったから、仕方なしに勉強して、大学に入ったわけです。一応モダンの中での最高学府に入って、“もう世の中の人間からグチャグチャ言われることもないだろう”ということを確定させて、いよいよ真に面白いものをやってやろうと。高校時代には声楽が一番面白いと思っていたから、オペラ歌手になるべく芸大に入りたかったんだけど、なぜ東大を選んだかというと、その野望を果たしたかったからなんですよ。実際に入学して、オリエンテーション合宿で、そこは既存のものさしでの勝者であることを自慢げに語るようなバカな連中ばかりであることを見抜き(笑)、もちろん何人か例外はいるものの、こいつらと付き合っても仕方がないと思って、演劇に没入していったわけです。

田中● そうした経験から、良い成績で、良い大学に入って、経済的に成功して、ということではなく、コミュニケーションやコラボレーションやクリエイションが幸せに繋がるんだ、という直感を得たというのは、私にもそういう経験があるので、よく理解できます。ただ、そういう経験がなく、別の価値観を持っている人、つまりコミュニケーションやコラボレーションやクリエイションで幸せになれない人もいると思うんです。そういう人は、どうしたら良いのでしょうか?

鈴木◇ その人たちは、既存の価値観の上にある幸せを、まだ信じているんですよね。だけど、早晩多くの人は必ず何らかの人生的危機、虚無感を持つ時期が来てしまうと思う。一生懸命働いて、あらゆるものを犠牲にして、億万長者になりました、しかしバブルが弾けて、ウォールストリートが崩壊して、すべてが紙くずになってしまいました、と自分の人生に対して悲嘆にくれる時が来るだろうと。僕自身は演劇を通じて真の友達ができたし、コミュニケーション・コラボレーション・クリエイションを通じてできる絆の次元の違う深さとか、競争でないコラボレーションが生み出す、一人ではできないが、みんなでやればできることの素晴らしさを知ったんです。つまり、既存のモダン社会の競争に勝つことが、いかにちんまいことかと(笑)。

田中● 私もそう思うのですが、それってみんなが思うことなんですかね? 私のイメージだと、生まれ持ったDNAじゃないですけど、もともとそういうものに響く人と響かない人がいるような気がするのですが。

鈴木◇ それはそうかもしれません。つまり、みんなを救えるかどうかはわからない。そこは大きな物語と小さな物語で、僕はそれを中くらいの物語にして行きたいと思っているんです。そもそも芸術に感動できる人とそうでない人がいる、という根源的な問題提起で、これは重要な視点。ただ少なくとも、人生は友愛であり、人の絆だと思える人はわりと多いと思うんですよね。そして、そう思っている人が抑圧され、家族や友人、恋人と離れて単身赴任をさせられたり、絆を捨てて働かなければならない状況が続いてきたと。

田中● そういう人たちが、ちゃんと幸せな状態で生きられる社会にすべきだと。

鈴木◇ まずは、そうじゃないかと思いますね。冷静に考えれば、ある日突然単身赴任を言い渡されるって、すごく酷いことでしょう? こういう軍隊のような構造が、いまだに日本の正社員にもはびこっているわけで、それを選ばないとワーキングプアになるしかない。そうした二者択一の中で我慢している人が多いから、僕はその構造自体を壊したいわけなんですよ。

田中● みんなの価値観が変われば、そういう社会システムは壊れる方向に向かっていくんでしょうか?

鈴木◇ 社会のシステムは、自然に壊れるものではない。価値観を変えた上で、新たな社会実態、オーガニズムを創らなければいけないんです。つまり、ワーキングプアか正社員か、というところに、新たな選択肢をドンドン開拓していかなければいけない。いまは正社員に、残業・うつ病・不妊・別居というものがくっ付いてくるし、ワーキングプアには、貧乏と同時に、自尊心・自己肯定感を失う。そのどちらかしかないのはおかしいし、自己肯定をしながら周りにもリスペクトされ、縁のあった人との絆をもっと大切にしながら、最低限の生活、物質的な豊かさを得られるという選択肢を目指したいじゃないですか。

田中● 目指したいです(笑)。それにはどうしたら良いんですか?

鈴木◇ そういう活動を僕は率先して起こしたいと思っているし、いまも応援してくれる人や理解をしてくれる人はいるんだけれど、もう一桁、もう二桁多い人たちに、少なくとも理解をしてもらわないといけない。そしてちょっとずつ、その人たちができる限りの応援をしてほしい。とりわけ若い人には、その先頭に立って一緒に切り拓いてほしい。そしてこの読者には、とりわけ応援してほしいわけです。

田中● 応援するというのは、具体的に何をすれば良いんですか?

鈴木◇ それは色んなことが出てきますが、まずは大前提として理解をしてもらわないと、応援にも繋がらないじゃないですか。

田中● 歴史の流れとして理解している人は少なくても、“人との繋がりを大事にしながら、経済的にも満足して生きていきたいのにな”という理想を理解する人は多いんじゃないかと思いますが。

鈴木◇ まずは、“なぜそんな社会システムになっているのか”という理解を、もう一段深めてほしいんです。例えば、自分のお腹が痛い、頭が痛いということは誰にも分かること。そして、それを取り除くためには、“この腹痛は、ずっとコーヒーばかり飲んできたからだ”“寝不足がいけなかったんだ”というように、原因を理解しないといけませんよね? そういう意味で、今回知るべきなのは歴史や社会構造であり、そのことは冷静に、深く理解しないといけない。そのうえで初めて、新しい生き方というものを見つけたり、いままでの生き方をきちっとやめられたりするわけです。お金というのは、麻薬とまでは言わないけれど、中毒性の高いお酒のようなもので、程よい量じゃないと害になる。アルコール中毒と同じように、日本人の多くがお金中毒になっているから、一度絶たないといけない。お酒やタバコをやめよう、というのと同じなんです。

田中● なるほど。生きづらさを感じているけれど、そこには経済的な豊かさを求めるという根本的な原因があるからだということを理解できていないから、“なんか痛いなぁ”で終わってしまっていると。

鈴木◇ そうなんです。もう少し深い理解、根源的な理解をすることによって、きっぱりと酒がやめられたり、タバコがやめられたり、それこそ金満経済至上主義から脱せられたりする。僕を含め、いまの日本人の多くは、明らかに過剰消費体質になっていて、やっぱり必要もない服を買っているし、あるいは食べすぎている。つまり、見る必要のない広告を見て、買う必要のないものを買い、食べる必要のないものを食べ……という病気になっているんですよ。

田中● やっぱり、一瞬は幸せですからね(笑)。

鈴木◇ そうそう(笑)。だけど、より理解が深まれば、いらない洋服、あるいはファストフードを節約することができる。そこで例えば、NPOで出会った農家を頑張っている友達が作るニンジンを買ってあげれば良いし、一着の服を我慢して、土屋さんの演劇を観に行ってあげれば良い。洋服は半分文化的なところがあるから微妙なんだけれど、広告会社に作られた非主体的選択により洋服を買っている限りは、文化レベルは極めて低いわけだから、もっと主体的な選択ができるようになれば良いですよね。同じ洋服を買うのでも、“高級ブランドよりも、あの人たちが作ってくれたブティックを応援しよう”と、文化を創造する意識を持つ。フェアトレードなど、環境意識の高い商品を応援するのもひとつだ。

田中● いま普通に服を買う時というのは、資本を持つ人たちの洗脳によるところが大きいと。

鈴木◇ それも、ひとつの中毒だ。消費行動じゃなくて、あらゆることを文化活動にしてほしいし、あらゆることをコミュニケーションにしたいわけです。広告を見て、服を買って幸せ、じゃなくて、そういう選択をアートに域にまで持っていきたい。

田中● そっちの方が幸せなんだ、ということですね。

鈴木◇ そうです。ものを買う瞬間、ものを食べる瞬間、服を着る瞬間、そのすべてに感動とコミュニケーションがあって、あらゆる活動が文化活動になり、演劇的になる。つまり、意味と物語というものを自覚しながら、文化を共創していくということです。

田中● 何にお金を使うか、という消費行動については分かりました。一方で、いま多くの人が時間を費やしているのは仕事だと思います。仕事も、文化的な活動になっていくべきだということでしょうか?

鈴木◇ いまは24時間365日の時間を、すべて仕事に差し出すことを余儀なくされてしまっていると思う。それならば、アート自体を仕事にしてしまうのが一番早いわけ(笑)。つまり、人と人との、一期一会のコミュニケーションを大切にしながら、まさにコミュニケーション・コラボレーション・クリエイションをしていく。行動原理、価値原理というものが、利潤の最大化ではないかどうかが重要です。もちろん、株式会社に勤めたらいけないということではなくて、こだわりを持った造り酒屋とか、他のものを大事にしているところは沢山ある。つまり、僕の言っていることは目新しいことではない。あまりにも高度化された資本主義によって、文化的な要素が収奪されているわけで、いままではお客さんの顔を見ながら、ジックリと時間をかけていた家内制手工業のようなものが、市場で成り立たなくなってしまっているのが問題なんです。

田中● ものを買う側も、大量生産の方が安いということで、経済的価値観を優先させて、文化的な価値が排除されているんですね。

鈴木◇ もとからコミュニケーションを念頭に置いた仕事もあるし、従来は経済領域と思われていた仕事に従事する人であっても、そういう要素をもっとふんだんに取り入れることができるような社会が成り立たないのか。利潤ゴリゴリの人ばかりが管理職にいて、将来出世する幹部候補生もそうした価値観を持っていないといけないという構造じゃなくて、半分利益・半分アートみたいな人の存在を許容する会社があっても良いんじゃないかと。例えば、僕は新聞社なんかはNPO法人にすべきだと思っていて。昔の新聞社は新しい文化を創るものだった。野球だって文化だし、交響楽団を作り、それを広めたりもしてきたわけですよね。最近は、その新聞社さえも、利益、利益になっている。多様な人材を抱えるだけのキャパシティが、むしろ縮小の方向にあるんです。

田中● でも、多様な人材を抱えるためにも、利益を上げなければいけないんですよね。

鈴木◇ 資本主義やモダンシステムに対する深い洞察がないから、罠にはまるように、そういうジレンマを抱えることになっている。人材を抱えるためには儲けなければいけない、儲けるためには純化しなければいけない、という悪循環をどう断ち切るか、という話なんです。それが卒近代という話だし、消費者生産者の構造を、お互いが脱しなければいけないということですね。各方面にその萌芽やモデルはあるんだけれど、僕はそのひとつが演劇だと思っています。映画というのは、商業的に、あるいは興行的に利潤を出すことがある程度可能ですが、演劇は市場原理だけで考えると、絶対に成立しない。

田中● 映画だったら一度撮影したものを繰り返し上映していけば良いだけだけれど、演劇は毎回やらないといけないですからね。

鈴木◇ そうそう。だから、もっとも資本主義との折り合いが難しい芸術活動のひとつでもある。これをどういう風に成り立たせていくか、という部分で考えていくことが、色んな知恵に繋がるんだと思うんです。一方で演劇は、人づくりや人の幸せという面で、社会に対する好影響をもたらすことは間違いない。だって、人は演劇を観て泣けちゃったりするわけですよ。そこで悲しみが癒されたり、嬉しくなったり、とても幸せになったりする。演劇の持つ価値や意義に、多くの人に触れてほしいし、そのことによって、ほかの生活自体も演劇化することが重要。そして、その親元となる演劇自体が、高度化し、純化する資本主義のなかで、もっとも存在が危うくなってきているということを認識しなければいけない。演劇は、劇団四季と宝塚歌劇団を除き、ほとんど成立しなくなっている。過去においては、王様や国家がサポートすることで成立していたし、一時は労働組合がサポートする時期もあったし、宗教団体によって支えられることもある。そのどれでもないコミュニティに支えられた演劇というものが成立していく社会システムを作ることができたならば、経済的には非生産的であるが、しかし人間にとって、社会にとって必要なアクティビティを進化させて広めることに応用できるでしょう。

土屋☆ 卒論のテーマで、80年代の小劇場演劇ブームについて調べています。演劇が絶対的に成り立たないなかで、どうやって経済的基盤を確立していくかというモデルとして考えると、80年代の演劇ブームというのは、東京の一部で興っていた現象で、実際に市場規模を調べてみると、演劇をやっている人口が1万人くらいなのに対して、観客は6~7万人くらいと、ブームというにはあまりにも小さな規模であることが分かりました。60年代に演劇に携わっていた人たちや、学生運動と共鳴しながら演劇活動をしていた人たちが、80年代の小劇場ブームを“商業主義に堕落した”と批判したそうですが、実はそんなに大きなブームではなかった。これは一橋大学の社会学者である佐藤郁哉さんという方が、80~90年代にかけて、劇団のお手伝いをしたり、文化行政団体のフォーラムに参加したり、綿密なフィールドワークを経て99年に出版した『現代演劇のフィールドワーク』(東京大学出版会)という本にも書かれています。ここでは、80年代の小劇場ブームを、演劇が産業として成り立っていくための可能性のひとつとして、ちゃんとした組織を作り、興行システムを作っていくという試みのひとつだったと結論付けています。しかし、それには限界があるということは露呈しました。劇団四季がなぜ上手くいっているかと言えば、大きな劇場で、ある程度の客席を確保して、さらにロングラン方式をとっているから、ビジネスとして成立している。小さい劇場で講演日数も短いものは、やっぱりビジネスとしては成り立たないんです。だから、逆に90年代は、文化行政や企業メセナがブームになって、演劇にもドンドン助成金が入るようになりました。しかし、芸術活動や演劇活動は、経済的なものから自立した、社会の一部を占めもので、既存の価値とは離れたところにあること自体に価値がある以上、国や企業に表現を縛られてはいけない。ここで、国や企業の助成を受けながら、表現を制約させないでやっていく、というジレンマが生まれてしまいます。ビジネスとして成り立つのでも、助成対象として成り立つのでもなく、どうやって経済的基盤を持つかというのは、いまも課題としてあって。可能性の段階としては、教育として成り立たせる、ということがあると思いますが、そのためにも国や企業の援助が必要だという現状があります。演劇が自立する手段として、どんなことが考えられるでしょうか?

鈴木◇ 僕は、経済的に自立しなければいけないのか、ということ自体を問うていきたい。つまり、純経済的な自立は不可能だと思う。ただその一方で、社会的に持続・成立していくシステムを作っていくべきだとは思う。結局、演劇は経済的自立は不可能なサイズであるし、劇団四季はマイクを使っているから、小演劇ではない。肉声を使った会場とのインタラクティブというものが演劇の演劇性たるゆえんだと考えた時に、劇団四季は、映画をライブでやっているという感覚で捉えられるでしょう。そこには決められたシナリオがあって、アドリブもなく、ライブ性が削がれてきてしまっている。つまり、経済的に成立することを選んだ結果、かなり妥協せざるを得なかった部分もあると思う。そうではなくて、演劇が成立する社会モデルを考えたいということなんです。その前提として、いまこの社会が抱えている問題、とりわけ僕は教育と医療に取り組んでいるわけだけれど、教育自体がもっと劇的にならないといけないと思う。逆にいまの教育が抱えている問題を解消するための重要なメッセージが、「いかに教育をドラマティックにするか」ということだと思うんです。それはどういうことかと言うと、いまの日本の教育の最大の問題は、学ぶモティベーションの欠如であって。学ぶべきことは教科書や参考書に書いてあるし、世の中の子供たちはそれを知らないわけではない。ただ、それを完全にマスターした子に比べて、それに対して全然意欲を持たなかった子が増えているということ。問題は動機付けの部分であって、いかに子供たちの好奇心に火をつけるか。それを仲介する教師には、メディエーターとしての資質が求められる。これは、シェークスピアの戯曲を買って読むだけじゃなくて、なぜ演劇にする必要があるのか、という問題と同じですね。レクチャーやゼミナールがなぜあるか、それは教科書=原作と、学習者=観客をメディエーションする必要があるからで、これが教師の仕事でしょう。つまり、教師は演出家であり役者なわけで、演劇そのものなんですよ。そして、その部分が劣化している、あるいはそういう認識がほとんど共有されていないことが問題なんです。それと同時に医療現場では、いわゆる老人医療や終末医療、劇的に回復する可能性のない医療機会が多くなってきている。昔は医者とのコミュニケーションなんてことはうるさく言われなかったけれど、それは手術台で麻酔をかけられて、上手く切って上手く縫ってくれれば良かったから。つまり、治る医療の場合は、テクノロジー・テクニックがすべてですよね。だけど、いまの医療の問題は、それでカバーしきれないものが増えてきたから。どんなに上手く手術をやっても、どんなに良い薬を投与しても、劇的には良くならない様々な事情・症例・患者が増えるなかで、病院は生老病死の“老”と“死”も抱えなくてはならなくなっているんです。そこでは、治る治らないではなく、老いていくことをどう捉え直して、意義付けを行なうかというコミュニケーションの再構成が必要になる。これもまさに、演劇そのものでしょう? ある厳然たる事実があり、それを意義付けたり、再構成するのが演劇なわけで、医療には誰しも回避することはできない死というものを、悲劇にもっていくのか、ハッピーエンドにもっていくのかというテーマがある。東大の小宮山宏総長も言うように、日本は“課題先取り国”だから、同様の問題は今後世界各国で起こるでしょう。事実中国なんかは、一人っ子政策の影響で高齢化が進んでいるし、いまの経済成長が止まった後には、立身出世による子供たちへの教育の動機付けもできなくなる。この難問を解く手がかりは演劇にある、ということはきちんと理解しないといけません。そして、その中心である演劇という存在をどう守り、育てていくのかというところに立ち返って考えなければならないんです。これは平田オリザさんとやっていることだけれど、社会的に不可欠で、人と人との対面をメインにしている、教育・介護・保育・医療などのソーシャル・ヒューマン・サービスを担う人たちには、あまねく演劇への理解と素養、一定程度のスキルが必要になるということを、本源的に理解しないといけない。また企業活動においても、営業なんかはそういうことになってくる。つまり、ものが持つ物質的価値じゃなくて、そこに至る物語だったり、エピソードが重要になる。大学の教育学部や、医療法人や病院団体の連合会が劇団を保有するようになるのではと(笑)。

田中● 演劇の活動から学んでいく、ということですよね。

鈴木◇ あるいは、これから医者や弁護士、教師や保育士になる人は、およそすべて演劇的なコミュニケーションを学ばなければならない。これは、平田さんが始めていることですけど、それがより本格化するということでしょうね。例えば、医学部のカリキュラムにも、演劇という科目が入ってくるかもしれない。そうなれば当然、入学選考においても、そういうセンスを問うことになるでしょうね。

田中● 私は演劇活動をきちんとやったことがないので、よく分からないのですが、実際に演劇活動をやっていると、普段の生活や対面的な仕事で、自分でストーリー付けする力や、コミュニケーションを大事にする意識は養われるものですか?

土屋☆ 平田さんにお話を聞いた話ですが、実際に大阪大学で主に理系の学生を教えていて、まず始めに言うことは、“僕の授業を受けたからと言ってコミュニケーション能力が付くわけではないけれど、これから医者や科学者として社会のリーダー的な位置に行こうと考える人は、僕のような劇作家と話す機会がないだろうから、それだけでも大きな経験になる”ということだそうです。実際にコミュニケーション能力が高まるかどうかは別にしても、あらゆることに対する演劇的な視点が身に付くだけでも、大きな経験なんですよね。

田中● なるほど。あるものに対して、どうストーリー付けするか、意味付けするかという視点を持つことが重要なんですね。

土屋☆ そうですね。普通に生活していたら、そういう視点をもつこと自体が難しいと思うんです。演劇的な視点を理解すれば、同じ状況に対しても違った解釈ができるかな、という実感はありますね。

鈴木◇ まさにそれが、平田さんも言われる“コミュニケーション・デザイン能力”だと思う。どんな人でも役者の素養があるわけではなくて、僕だって役者には向いていない。その視点を持っていることが重要で、自分が役者に向いていないと思えば、少なくとも、ある場面に必要な人が誰か、と考えることができる。つまり、役割を誰に担わせたら良いのか、という視点ですね。もらった役を直ちに演じられる人が優秀な役者だけれど、そんな人ばかりだったら、世の中全体が嘘つき集団みたいになってしまう(笑)。むしろ、すべての教師が良い役者であるべきだ、ということが間違いだと考えた方が良くて、例えばいじめられている子供の心を開く時に、どの順番で誰とのコミュニケーションを作ってあげたら良いのか、ということを考える。あるいは末期ガンの人がいた時に、それを告知すべきかどうかということも含めて、残りの人生を誰とどう過ごしてもらうか、ということをデザインしないといけない。“ガン告知”と簡単に言うけれど、演劇的にはものすごく色んなパターンがありますよね。例えば“あなたはガンです”と言わなくたって、本人は何となく察する。けれど、それをあえて否定する、というパターンだって、演劇には沢山あるわけじゃないですか。否定してもらって励まされる人もいるし、きちんと告知してもらいたい人もいるでしょう。また告知する際には主治医から言うのが良いのか、どのタイミングで、どこまで伝えるべきか。これは日本医学会の標準マニュアルで決めることではなくて、すべてケースバイケースです。これはまさにフーコーが言っていることで、“モダンというのは、牢獄と病院と学校に閉じ込める”と。そしてその瞬間から、病院なら患者というレッテルが貼られ、主治医がその生活をすべて決め、自由を奪い、ある意味では“死刑宣告”までするわけだから。

田中● すべてがケースバイケースで、コミュニケーションによって決まる方が幸せだ、ということですね。

鈴木◇ そうです。要は、検査結果が出て、“こういう基準値を満たしていれば、次の診断日に主治医が一律に余命宣告をする”という世の中と、家族や周りの人間も含めて、様々な配慮をしながらより幸せな方法を考えていく世の中では、どちらが良いか。当然、後者の方がものすごく手間がかかる。サポートするスタッフが必要だし、あるいはNPOとコラボレートする必要があるかもしれない。また、病名を告知するか否かというテーマだけで、カンファレンスにものすごい時間と、多くの人手がかかるでしょう。

田中● そうすると、先ほどは家内制手工業の話もありましたが、非合理的、非経済的な選択をせざるをえませんね。

鈴木◇ 明らかにコストはかかる。合理性を考えるならば、検査結果が出たら人工知能システムで解析して、自動送信のメールで“あなたはガンです”というシステムが一番なわけでしょう?(笑)

田中● 企業の文化的活動についても話が出ましたが、ケースバイケースで対応できるシステムを維持するためにはお金が必要で、お金を稼ぐためには……というジレンマが生じて、それを成り立たせるためには演劇のモデル、つまり消費者・生産者の構造を脱することが必要とのことでした。

鈴木◇ つまり、患者会やファンクラブなど、営利目的でないコミュニティが間を埋めてくれるということ。例えば、阪神タイガースのファンクラブに入ることで、金儲けをしようと考える人はあまりいないでしょう。でも、彼らは毎日のようにスタジアムに足を運んで、私財を投げ打って応援している。これは、経済的には圧倒的に不合理です。そして、自発的・自生的に生まれたファンクラブもあれば、球団が意図的に作ったものもある、それは患者会も同じ。病院側、あるいは学会側が意図的に作ったものもあれば、患者側が自発的に作り、後に学会がサポートしていったものもあり、製薬会社が作ったものだってある。消費者と生産者の間で、非合理な部分を埋めるコミュニティは、非常に多様なんです。演劇界でそれに成功しているのは、宝塚歌劇団ですよね。一人の役者に対する個人的な後援会の成立を型にして、かつボランティアで支えられるそうした後援会での活動がリスペクトされ、昇華される仕組みになっている。つまり、宝塚の男役を取り巻くファンクラブは、生産者なのか、消費者なのか。実際は、どちらでもないんです。

田中● つまり、文化的活動に力を入れる企業や、24時間働きづめじゃなくて、バランスを取りながら業務に当たるというスタンスを持った会社を支えるコミュニティが存在するようになれば良い、ということでしょうか?

鈴木◇ それに一部成功しているのは、Jリーグですよね。浦和レッズや鹿島アントラーズは、そういうことに成功したわけです。つまり、サッカーという究極の演劇において、単に消費者・生産者ということを超えたサポーターという存在を、意識的に作り上げていった。去年のシーズンを見ていて幸せだったのは、昔からの商業スポーツ型のチームではなく、もっともサポーターがしっかりしていて、もっとも地域の支援をしている両チームが、優勝を争ったこと。Jリーグは僕も、そのソーシャル・プロデュース・デザインに少し参画したこともあるんだけど、そういうものが徐々に生まれつつあるんです。
例えばノーベル賞を受賞するような学者だって、国や企業からの研究費一本でやってきているわけだけれど、彼らを応援するサポーターズクラブがあっても良いと思う。“京都大学理学部物理学科を応援する会”とかね(笑)。その人たちのご褒美は、授賞式にツアーで行けることだったり、あるいは学会についていけることだったり。
あるいは水泳の北島康介のサポーターズクラブであっても良い。彼が北京オリンピックで2冠に輝いたことが、僕らを幸せにしているということを多くの人が実感してくれれば、それを応援していく仕組みというものができていくだろうし、ソーシャル・プロデューサーというのはそういうもの構想し、一つひとつ形にしていくものなんです。ちなみに、北島康介を金メダルに導いた平井伯昌コーチは、僕らと一緒にJリーグのデザインをやっていた、平田さんのゼミ生なんですよ。そういうソーシャル・プロデュース・ミームというのはジワジワと広がりつつあって。ポストモダン・プロデュース・デザインというものもあるんじゃないかと思います。
例えば田中さんが、“土屋さんを世界的劇作家にする会”や“土屋さんをノーベル文学賞に導く会”を、勝手に主催してしまえば良いわけですよ。これは半分真面目な話で、僕は色んなところでそういう活動を始めています。例えば、大阪大学の森勇介にノーベル賞を取らせるために「創晶」という会社を作ったし、これは三期連続で黒字になっていて。そこに経済的な目的で参画している株主は、一人もいない。つまり、ベンチャーキャピタルは一切お断りで、利潤を求める株主は、全部僕がお断りしているから(笑)。大事なのは、こういうことを一つひとつやっていくことだと思う。世の中にはタレント(才能)を持った人と、タレント(才能)はないけれどサポートマインドを持っている人がいて、例えば土屋さんはタレントを持っていて、僕らはプロデュース・タレントを持っている。世の中にはどちらのタレントも持っていない人もいるわけだけれど、何の協力もしていない人でも、日本人がノーベル賞をもらって喜んでいるわけじゃないですか。でも僕的には、これで次から研究開発費を増やしてもらうことを、了承してもらいやすくなったと思う。

田中● 単に“嬉しい!”と騒ぐことも、サポートのひとつになるということですね。

鈴木◇ ものすごいサポートになるんですよ。実際、これまでは研究開発費や大学の奨学金を増やすことに“なぜ私たちが納めている税を、賢い人たちの研究費や授業料を補填しないといけないの?”と言っていた人たちが、大声で嬉しいと言ってくれたから、これからのプレゼンテーションでは、“僕がやってきた政策は一部の人にしか評価されてこなかったけれど、少なくとも今回ノーベル賞を取った先生のような研究者が増やしていくための環境作りのプロデュースをやっています”と言えるようになった。これは、すごく大きなことです。ノーベル賞受賞を喜んだ国民から、一年間に10円だけでももらえれば、10億円という額になる。100円出してくれようものなら、年間100億円ですよ。IPS細胞の研究費が年間10億円だから、それだけで全然変わりますよね。

田中● 卒近代で幸せになっていくためには、お金の払い方を買える、つまり価値観を転換させるということで、演劇的なものに価値を感じていくように変えていく、ということですね。

鈴木◇ そうです。コミュニケーションや、あるいは今回のノーベル賞で感じたような感動を深めて、みなさんが持っているお金や時間など様々な資源を、少しずつできる範囲で振り向けてもらえれば良いんです。これまでの価値観では、“演劇なんてものに自分たちの税金を一円たりとも入れさせるな”“高い金を払って観るようなものか”という人もいる。それが、“一年間で、100円だけ使わせてください”というお願いが受け入れられるようになったり、“一回だけ観に行ってみてください”と言った時に、実際足を運んでくれる人がどれだけ増えるかということです。少なくとも、ノーベル賞ではこのモデルができると思うし、スポーツにおいても、北島康介が金メダルを取ったことで、メディアの注目度も上がり、水泳競技の強化費も出やすくなった。

土屋☆ 演劇においては、これからどんなモデルを作っていけば良いのでしょうか?

鈴木◇ 演劇にはもうひとつ課題があって、結局のところ、ノーベル賞もオリンピックも、日本人が世界的権威にオーソライズされることで、二次的な感動を覚えているわけ。演劇には世界演劇祭があり、国際映画祭での受賞が、観客を増やしたり、映画への助成の流れを強化したりという、映画界と同じ構造でしょう。しかし演劇の重要なポイントは、観客一人ひとりが賞をあげる、ということなんです。“世界演劇祭大賞受賞!”じゃなくて、“自分の中では、この演劇、この役者が素晴らしい”というマイブームなんですよ。つまり、みんなが独断と偏見で賞をあげる機会が、もっと沢山出てくれば良い。演劇が社会で成立するためには、個人でもグループでも良いから、世の中が良い演劇をドンドン賞賛して、あるいは批評していくという、文化やクセを作っていく必要があるんです。もっと言えば、拍手の仕方を直すとかね。つまり、観客がスタンディングオベーションをするようになるだけで、役者や劇作家は報われて、モティベーションも上がっていく。要するに、これも観客というコミュニティからのコミュニケーションの問題なんです。

田中● そういう価値観を広げていくためには、どうしたら良いのでしょう?

鈴木◇ 僕は、卒近代を創るちょっとの勇気、という感じで、“拍手・握手・挙手”ということを言っています。例えば演劇においては、誰よりも早くスタンディングオベーションしてあげるとか、役者やアートワークをした人間からではなく、観客から握手を求めれば良い。そうすると作り手側に元気が出るし、あるいはそのコミュニケーションの中で、“私がサポーターをやります”という挙手ができればもっと良い。みんなが少しだけ勇気を持って、ポストモダンを創ろうと頑張っている人たちに対して、リスペクトのフィードバックを、やや強化してくれるだけで良いんです。挙手したならば、演劇の帰りにドネーションボックスにもう1000円入れてくれば良いし(笑)、あるいはそういう構造を作るために、経営やプロデュースのプロが、もっともっとアドバイスできれば良い。頑張っている人たちに寄付したり、寄付をしようと呼びかけたりできれば、もう一歩進めることができますよね。

田中● そういうところにも、消費者・生産者の構造を脱していくということが関わっていますよね。

鈴木◇ 消費者は得しようとするから、良いものを安く買いたいと思うし、良い芝居を安く観れたら嬉しい。でも、サポーターはそうではなくて、さらにドネーション(寄附)をする。これは、消費者マインドとは180度違います。要するに、満足度に次への期待も含めて、ドネーションするわけだから、例えばその芝居に1万円の価値があったとして、消費者は8000円に値引いてほしいと思う。しかしサポーターは、次も頑張ってもらい、もっと良い芝居を観るために、もっと言えば、役者たちがバイトなんかしないで演劇に打ち込めるように、1万2千円、2万円とお金を出そうと思うし、あるいは何回も観に行こうと思う。2割引で買う消費者から、2回観に行くサポーターになってほしいということ。さらに、2回目に観に行く時に友達も誘えば、需要は3倍になりますよね。意識が変わるということは、そういう結果を生むんです。

田中● ただ、人の意識を変えるのって、とても難しいことですよね。

鈴木◇ 確かに難しい。大切なのは自分の行動がどこまで繋がるか、という部分を見せてあげることだと思う。例えば、自分に縁のあった若手劇作家や役者が頑張っている芝居を応援する。みんながそういう行動をして、2回目に観に行く時に友達も誘えば、演劇界の収入は3倍になって、従事する人も3倍になる。そしてそのことが、色んなところに影響を与えていくことになりますよね。たかが演劇されど演劇で、演劇が3倍のパワーを持ったとすると、学校の現場の先生にサポーターが送れるようになったり、あるいは病院の現場にノウハウを提供したり、院内で行なわれるコミュニケーションをサポートできるようになる。あるいは、病名告知や学習に使われる言葉を、劇作家が考えたら面白い。学習指導マニュアルを、劇作家がセリフ込みでリライトしたら、すごいことになるよね。文部省が劇作家たちに頼むのもひとつの手だし、僕がやりたいとも思っているけれど、劇団をサポートしてくれたお返しに、劇作家たちが自発的にリライトを始めて、個々の先生方に提供を始めたらどうだろう。それによって子供たちが学ぶ意欲を持つようになったり、色んな連鎖が起こる。つまり、2回演劇に行くことが、学校の現場を変え、子供たちが生き生きと学ぶようになり、絶望の淵にある終末医療の現場の人たちを救えるかもしれない。現状として、ここまでの想像力持っている人はそうはいないけれど、これはそんなに荒唐無稽な話ではないんです。

田中● では、この話を聞いて、賛同したいと思った人は、まずは身近な誰かを応援すれば良いということでしょうか?

鈴木◇ もちろん劇団だけではなくて、交響楽団やNPOの教育支援など、非営利で人と人とのコミュニケーションを豊かにしようとする劇団的なるアクティビティに接した時に、ちょっとだけ応援してあげれば良いんです。場合に応じて、その団体の経営がダメだったら、経営手腕のある人はそこにコミットしてあげれば良い。それこそ、経営センスを持って活動している劇団なんてほとんどないし、制作側は人的にも薄い。素晴らしい劇作家の卵や、素晴らしい役者の卵は沢山いるけれど、日本においては、素晴らしい劇団プロデューサーというのはほとんどいない。つまり、経営センスのある人がちょっと応援するだけで、劇的に変わる可能性があるんです。そういう人たちが学校への劇団員の関わりを仲介してあげて、そうした教育への貢献に対して、多少なりとも税金からお金がもらえるような仕組み作りに繋がれば良いですよね。それは僕がやりたいと思っていることなんだけれど、僕と平田さんだけが言っているだけでは成立しない。しかし、多くの地方議員、多くの国会議員、多くの有権者や多くのメディアが賛同してくれれば、これは成功するでしょう。コミュニティ・スクールだって、僕と金子郁容さんが提言しているだけでは進まなかったわけで、これが成立したのは、応援してくれたメディアがいて、それを実践してくれた各地域のボランティアの人たちがいて、それを採用してくれた市長さんや校長先生がいて、その協力をした市議会議員さんがいて、その議員さんを応援する後援会の人たちがいるからなんです。

田中● 教育に演劇を取り入れる、という具体的な案が出ましたが、ほかにはどんなアプローチが考えられますか?

鈴木◇ 劇団・劇場経営に参画・応援する人が増えて、官立劇場もプライベート劇場も、コミュニティ・シアターとして機能するようになればいいなと。そして、そういうものを生涯の仕事にしようとしている若者たちを励ますことも大事です。いま劇団を生涯の仕事にしようとすれば親は反対するし、親に反対された若者たちに頑張れと言ってくれる、別の大人もいない。つまり、演劇をやる人生はあまりにもリスクの高いものなので、もう少しローリスクなものにしてあげなければいけないでしょう。それには、演劇に打ち込んでいる人や、若い時代にそういう経験をした人が、一般の社会においても大事な経験と能力を持っている人材だということを、社会がもっと正確に理解すべき。そうした人材を、節目節目で起用・活用することを心がけられれば良いですね。

土屋☆ 大阪大学の例もそうですが、“コミュニケーション”という言葉が演劇の側からも出てきているということは、演劇が社会に役立つということを分かりやすく提示するキーワードだからだと思うんです。それ以前は、“演劇は支援すべき対象だ”と言われていても、“情操教育”や“心の豊かさ”という言葉では、どうしても分かりにくかったし、それが社会に対して直接的に有効なのか、ということが伝わりにくい概念だったと思います。それが、いまは就職活動においても、企業は“コミュニケーション能力を持った人材がほしい”と言いますし、“演劇はコミュニケーション能力を育成するものだ”と捉えられれば、見方も変わってくると思うんですよね。実際に演劇がコミュニケーション能力不足を解決する手段であるということもひとつですが、演劇を支援してくれる人を増やすために、“コミュニケーション”という言葉を打ち出すのは、戦略としても有効なのかなと。

鈴木◇ そうだと思いますね。有効な戦略であると同時に、いまの演劇界には、そうした戦略を構築する人がいない。色んな意味で、演劇界全体の人材が薄いんだと思う。

土屋☆ そして、日本の演劇は音楽や美術と違うんですよね。とくに音楽は、官主導で西洋の音楽を導入して、東京藝術大学の中で制度的に教えるという体系があったけれど、演劇はそういうルートが成立しなかったために、長らく社会においても教育においても、周縁的な位置にいなければいけなかった。そんな中で日本の演劇は、戦前は共産主義活動と繋がったし、戦後の新劇もそういうところと繋がって発展してきた歴史があるので、制度的に取り込まれることへのアレルギーがあると思うんですよね。例えば、唐十郎さんが横浜国立大学の教授になった時も、“国家の犬になったか”という批判があったし、平田さんなんかも、演劇界では“自己宣伝が巧い”という無意味な批判を受けていて。そういう意識を変えるためには、どうすれば良いと思われますか?

鈴木◇ それは、演劇界の人がソーシャル・リテラシーというか、社会の歴史や成り立ちを、もっと勉強すべきだよね。もっと言えば、演劇がスポーツや音楽を羨んでいるという構造自体が不毛であって。アートと一括りにしてしまえば、映画とて音楽とて、経済というメインストリームから抑圧されていることは事実なんですよ。その中で最悪なのが芝居というだけであって(笑)、音楽や映画も悲惨なわけ。それが証拠に、子供たちが社会に出る時に、証券会社や銀行に入ると言えば親は安心して、音楽会社や映画会社、まして劇団に入ろうものなら、ヤクザな仕事だと思われる。これは社会の価値観の反映なんだから、内ゲバをやったり、近い人を羨んだり妬んだりしている場合ではなくて、むしろアートに携わる人たちがもっと連帯して、モダンの権化の人たちと闘い、いままでのサブカル的な自意識から、メインカルチャーという自意識に変えないといけない。そこでは、古い人はもともとがサブカルなんだから、仕方がないと思う。僕が若者に期待するのは、その年代のベスト&ブライテストが、ポストモダンの担い手になること。つまり、もともと同世代でリスペクトされている人がそういう道に進めば、自ずとアート界がリスペクトされるようになり、偏見もなくなっていくでしょう?

土屋☆ いま演劇のスクールに通っているのですが、実はあまり作品や作家を知らない人も多んです。平田さんは社会的な知識もあって、作家としても高い能力のある天才的な人ですが、演劇という産業や分野自体が、ほかの分野に比べて、知的なものを集めてこなかった気がするんです。70年代くらいまでの小劇場演劇の中心となったのは、例えば野田秀樹さんを初めとして、既存の価値観である高学歴は手に入れたけれど、あえてサブカルである演劇を選んだ人が多かったと思います。それが90年代以降は、あえてやるんじゃなくて、もともとサブカル的なものだけで育ってきた人が、小劇場演劇の中心になって来たんじゃないか、ということが批評家にも指摘されていて。

鈴木◇ それは、極めて重大な指摘であり、僕も懸念しているところです。駒場小劇場や早稲田小劇場の衰退と消滅が演劇界に与えた大きな影響は、その世代のもっともブリリアントな人たちが、少なくとも一旦はそこに集い、また散じていくという構造が壊れてしまったこと。そのことによって、演劇のパワーは圧倒的に下がっているわけです。ポストモダンの主役が演劇や劇場であるにも関わらず、日本演劇界のパワーは、とくにこの10年間で、ものすごく衰退している。これは複雑な問題で、90年代の純化された資本主義社会の中で、東大生が演劇なんて目指さなくなったり、楽しまなくなったり、青春をかけなくなってしまった。早稲田だって、昔は芝居や文学をやりたい、あるいはマスコミに行きたいという、経済的価値より文化的価値を重んずる学生が集まっていた。そして、その中でもとくにエネルギーとセンスを持った人間が、早稲田小劇場を担っていたわけですよね。そこからメディアや映画界を支える人材を輩出していた。僕には、いまは早稲田に外資系銀行を目指している学生がいる、ということが信じられない。“何のために早稲田に入ったんだ? それなら一橋や慶應に行けよ”と思う(笑)。昔は早稲田を出て銀行に行くやつなんて、蔑視されたわけ。

土屋☆ いまは、文学部でも銀行を目指す人がいますよね(笑)。

鈴木◇ 僕もそういう意味では劣等生なんだけれど、文化的才能がなかったから、仕方なしに銀行に行く、という認識なわけですよ。すごくできるやつはフリーの作家になり、加藤剛や吉永小百合のように役者になった。次の人間は映画会社でプロデューサーをやって、囲われだけれど、文化的な仕事に携わる。それもダメなやつが新聞社やテレビ局の文芸部に入って、それもダメなら銀行、という感じ。銀行に行ったやつは成績が良かったかもしれないけれど、尊敬度合いではそんな風だった。僕の同世代にも、いまでも駒場小劇場で劇作家をやっている人間がいて、彼のことはリスペクトしている。僕の後任の音楽監督は宝塚で仕事をしていて、つまり、僕よりそいつの方が勝ったわけだよ(笑)。僕には音楽的才能がなかったから落ちこぼれて、それを挽回すべくプロデューサーとしての道を頑張ろうと思っているわけだけれど。実は、70~80年代の大学というのは、もっとも価値観が多様な場所だった。とくに早稲田大学は、もっとも多様な価値観の存在が許すコミュニティだったんです。

田中● 小劇場というハコがなくなったのと、人がいなくなったこと、どちらが先だったんでしょうか?

鈴木◇ 人やパワーがなくなることが先でしょうね。パワーがあれば、大学当局はその存在を無視しえなかったと思う。しかし、早稲田大学においては、あろうことか一度は早稲田祭を中断するという体たらくで、早稲田祭すら維持できない学生が、なぜ早稲田小劇場を維持できるんだと。そうなったのは、資本主義の純化が進んで、世の中の早稲田大学に対する理解が変わっていったからでしょうね。昔は3~4浪して早稲田に入って、そこから優秀なジャーナリストも出て、そうしたキャリアを尊重しようということを分かっていた。しかし社会全体が、その可能性に封をしてしまったということでしょうね。そして、単なる第二東大に成り下がってしまった。みんなが東大・早稲田・慶應を受けて、受かったところに行けば良いや、と思い出したところから、社会もおかしくなってきたんです。裏を返せば、いま駒場小劇場や早稲田小劇場にテコ入れをすることで、社会に逆の影響を与えることができるんじゃないかな。演劇の才能を持ったベスト&ブライテストの人たちが、きちんとそこに目を向けられる社会にしないといけませんね。例えばヨーロッパでもアメリカでも、大学には必ずシアターがある。東大は柏キャンパスにホールを作ったけれど、あれは単なるハコだけのもの。日本でも、劇場をもっともっとメインカルチャーにしてくことが必要なんです。


鈴木◇ 僕も、駒場がダメだったら王子で良いと思う。つまり、イケている人間が集うコミュニティや場所が必要だということです。早稲田や駒場がそういうものを提供できないのなら、それも時代かもしれない。王子でも下北でも良いし、あるいは全然別の場所で、池袋でも良い。僕は若い人とともに、本当にクリエイティブなスポットを作りたいと思っているんです。チェコなんかは、バーツラフ・ハベルという劇作家が大統領になったりしているわけだし、これからはドンドンそういう時代になっていくんだと思う。少なくとも、法学部出が政治をやるなんていう時代ではなくなると思うな。モダンの時代に、モダンのシステムを運営していけば良い時代は、法学部や経済学部出身の人材で良いんだけれど、いまは新しい歴史、新しい文化を創造する時代。そういう時にはありとあらゆるものを総動員していかなければ。文学や哲学や歴史というものは、ある種の総動員でしょう?

田中● 既存の制度を知っている人ではなくて、ストーリーを創っていける人が担っていくということですね。

鈴木◇ そうです。それに向けた活動を、新しい人たちとやっていけたら良いなと。駒場小空間に辛うじて種火だけは残っていると思うし、王子でも下北でも良い。京都大学には辰巳琢郎を生んだ劇団「卒塔婆小町」が活躍した西部講堂があるし、これは同時多発コラボレーションで、どこがやれば良いということではないんです。少なくとも僕らの時代は、そのジェネレーションの中でもっとも魅力的なやつが、劇団活動をやっていましたよ。一番カッコよくて、スマートで、クールで、平たく言えばモテるやつが(笑)。いまの劇団員がダサいとは言わないけれど、クール、スマートというイメージはないよね。

田中● 周りからはサブというイメージがあるし、“隅でやっているのが良いんだよ”と、自分たちもそれを良しとしている文化がある気がしますね。


鈴木◇ そういう意味でも野田秀樹という人はすごくて、東大文一に入り、あえて中退という、もっともカッコいいキャリアだよね。そして彼の台本の中では、しばしば受験のことをパロディにしている。劇を観ていれば“この人東大の世界史も、よくできたんだろうなぁ”ということが分かるし、それをパロディにしているのが、すごく小気味いい。そしてそれを代々木体育館を超満員にしてやっていたし、それを引き継ぐ形で、東京女子大の劇団「綺畸(きき)」の如月小春(故人)がいて、彼女も理知的な美人で、すごくカッコよかった。そこに色んな人が憧れて、良い人材が集まって、良いものができていたんですよね。

田中● いまのベスト&ブライテストは、どこにいるんですかね?

鈴木◇ それはこちらの質問なんだけど(笑)。

土屋☆ すずかんゼミは楽しいよ(笑)。人の目が輝いているし、優秀な人も多いなと。

鈴木◇ この間、脳の研究をしている天才たちが集まる理化学研究所に行ったんだけれど、その中にひとりの優秀なチーフ研究者がいて、僕に“ネバーランドの音楽監督ですよね?”と言うんですよ(笑)。毎回観ていたと言われて、すごく感動したんだけど、僕らの時代はオーディエンス・ファンクラブ・サポーターも含めて、劇団がひとつのコミュニティを形成していたんだよね。そういう形で再会して、今度は僕が彼の研究を応援する。演劇というのは人類が持っている、もっとも練りに練られた器であり、仕掛けであって。ギリシア・ローマの時代から始まって、民主主義を作り、様々な革命の裏にも演劇はあった。つまり、人間の社会性やコミュニティの、平時における大事な仕掛けだから、それを活用しない手はないわけであって、世界のどこを見ても、充実した街にはしっかりとした演劇文化が根付いている。アメリカではボストンがそうだし、だからこそノーベル賞学者も輩出しているんだと思う。これを東京に持ち込むことを考えると、すずかんゼミが演劇をちゃんとやる、という発想にもなりますね(笑)。野田秀樹や如月小春がいないなら、土屋さんがそうなれば良い。そう宣言すれば、同様にベスト&ブライテストな人間が、“それは自分だ”と言ってくるから、より面白くなるんですよ。つまり、本物は誰だ状態。勇気を持って切り拓いていけば、そういう状態になる。

田中● 卒近代に移行するために、障害になるものはなんだろう?と考えた時に、いままでの話を聞いていると、結局モティベーションの問題になっているのではと思いました。

鈴木◇ そうなんですよ。つまり、モティベーションの構造自体を変えていこうということ。モダンは物欲をモティベーションにして、社会を活性化していこうというモデル。そして、これ自体が崩壊しているわけ。もちろん、物欲はなくならないけれど、人間にはほかにも色んな欲がある。そこには“コミュニケーション欲”もあり、プレモダン、ポストモダンにおいても人々はずっと抱えてきた欲ではあるんだけれど、それを増幅するような仕組みにはなっていなかった。むしろ、工場はしゃべることをやめさせて、黙々と生産に向かわせる仕組みだったわけ。せっせと物を作り、せっせと売る。モダンは、コミュニケーションを封印していく仕組みだったんです。ポストモダンでは、まずはそれをプレーンに戻して、人間の持つアクティビティに対するバイアスをフリーにする。つまり、どんな欲でもアリだと。そうなれば、いまさら食欲や性欲ではないと思うし、人が人たるゆえんは神から言葉を与えられたということなんだから、コミュニケーションが奨励されるような社会が、ポストモダンのテーマなんじゃないかと。ただ、コミュニケーションの“お題”は、何でも良いと思うわけ。モダンにおいてはそのお題が“富国強兵”や“GDPの拡大”だったわけだし、それはみなさんが選んでくださいと。そこで、演劇というのはコミュニケーションの1パターンであり、お題は演劇のテーマになる。愛を語っても良いし、死を語っても良いし、人間を語ろうが自然を語ろうが、それは自由なんです。プロレタリア演劇は“階級闘争”という主題に限定していたわけで、そこで演劇に狭矮性が生まれて、引いてしまったところもあったと思う。

田中● コミュニケーションが奨励されるようになっていくには、身近なところから始めていくしかないということでしょうか。

鈴木◇ と言うよりも、あらゆるところから始めていく、ということじゃないですか? コミュニケーションが大切にされる国の形を目指した政策や法律も大事だし、身近なところでコミュニケーションを大切にするクセをつけるのも大事で、例えば親が子供に“おしゃべりはほどほどにして、ちゃんと勉強しなさい!”というにも、きちんとバランスを考えること。塾や勉強も良いけれど、おしゃべりや物語ることも大事だし、受験に役立たなくても、オヤジの昔話を聞くのも良い。映画やドラマを観たり、本を読むこともひとつのコミュニケーションなわけで、文化活動も大切にすべき。大学に入って演劇をやることも、大事なコミュニケーションに向かうということ。そういう行動をする人たちを尊重してあげる、ということであり、あるいは行動する自分、しようとする自分を応援してあげるということでしょうね。「ROCKS」を読むよりも、日経新聞を読んだ方が株価を予想するうえでプラスになる、という発想じゃなくてね(笑)。