学校教育の環境の整備の推進による教育の振興に関する法律案、教育職員の資質及び能力の向上のための教育職員免許の改革に関する法律案及び学校教育の水準の維持向上のための義務教育諸学校の教育職員の人材確保に関する特別措置法及び簡素で効率的な政府を実現するための行政改革の推進に関する法律の一部を改正する法律案の三案を便宜一括して議題といたします。
三案の趣旨説明は既に聴取しておりますので、これより質疑に入ります。
質疑のある方は順次御発言願います。
今、私は、今日質問に立つに当たって、名古屋ですから、名古屋の私の同級生の校長たちは退職していますが、彼らがよく漏らしていたことに、新採用者の質が悪うなった、定数も上げてもらうのもいいけれども、もっといい人材を教育界に送ってほしいと。
それで東京はどうかなと。先日、東京の小中学校、名前は落合小学校と落合中学、校長先生に会ってきましたよ。現場として何が今一番求められますかと。私は定数だとかいろんなことを考えておりました。即座に小学校の校長先生も中学校の校長先生も、質の高い教員の配置をお願いしますということなんですよ。
これだけ教員の待遇を悪くして、一般の公務員と同じにして、教員だけは教員免許更新制を入れる。例えば、個々待遇だから入れるというならある程度の理解もできる。じゃ、一般公務員並みにして、一般公務員にも公務員の更新制を入れますか。大変なこれは私矛盾だと。ますます私が最初に申し上げた感性のある子なんかは育ってきませんよ。
本当にこれからの教育を考えるなら、優秀な人材を集めようとするならば、給料は下げられる、十年たったら更新制があって首になるかもしれぬ、そんなところへ優秀な人材が応募してきますか。私は物すごいそれが不安です。物すごい給与が高ければいい。それはやっぱりいかぬでしょう。二・七六の差のために、この人が教員として間に合うかどうか。二〇%も三〇%も上だったら更新制しようがないとも思いますよ。
もう大臣や金森初中局長に聞いても余りはっきりしたお答えは返ってこないと思いますので、この点、民主党案提出のこれからのそういった教員の待遇や教育の在り方全般にわたって、民主党の考え方を鈴木発議者に、提案者にお尋ねをして、終わりたいと私は思います。
以上です。
委員御指摘のとおり、まさに今、私も東京でございますけれども、東京あるいは埼玉、こうした教育委員会が、地元では優秀な人材が十分に確保できないために例えば東北の方に採用のためのミッションを出すとか、こういう状況になっております。例えば埼玉県は、おととしの採用内定者、上位から民間企業に内定を返上して移ってしまったと。こういった大変に都市圏においては極めて深刻な状況にあると。この危機感を是非すべての委員の方々にも共有をしていただきたいと思います。
まさに冒頭、辻井さんのお話を委員されましたけれども、実は辻井さんの指導をされました横山教授は私の友人でもありまして、あるいはそれを支えてこられた三枝成彰先生も私の友人なわけでありますが、教員というのは決して給料のためにその職を志し、またそれを従事し続けているということではない人がほとんどであると思っております。私も十数年教壇に立たせていただいておりますが、恐らく横山教授は自分がグランプリを取ること以上に大変な喜びをかみしめておられるというふうに思います。
そういう、まさに私は教師というのはすばらしい本来やりがいのある仕事だというふうに思っておりまして、そのことを社会全体がやはり守り立てていくということが必要だと思いますが、しかしそれにしても、この間の教員に対する、例えば生徒と向き合う時間がどんどん減っていく実態あるいは社会全体の教員バッシング、そういう中で教員のやる気というものがそがれ、そしてそういう先輩を見ている若手の学生たちがこの道を進むことにちゅうちょをしているという実態はやはりきちっと立て直していかなければいけないと、こういうふうに思っております。
私は、実はNPOで、教員を目指す学生八十人ぐらい毎年抱えながら都内あるいは神奈川県の学校にボランティアを送り続けておりますが、実は教員になりたい、あるいは教員を志望したいという学生はいっぱいおります。しかし、大学三年生あるいは大学四年生になりますと、結局そういう志をいろんな意味で断念をして、そして残念ながら教師の道を進まずに行っているという、そういう大変残念な状況も見ておりますので、そういったことをやっぱり一つ一つ検証して、こういった教員を目指す人たちがその道を安心して、そして思う存分、そしてそういう人たちを社会全体で支え応援をしていくと、こういうことが必要でございまして、その制度面あるいは予算面のことを今回の学校教育関連三法案に盛り込ませていただいたところでございます。
ありがとうございました。
自由民主党の水落敏栄であります。
民主党提出の三法案についてこれから順次質問いたしますけれども、その前に私は与党の立場として、私の率直な意見を申し上げたいと思っております。
私は、我が国の未来を担う子供たちに良好な教育環境を提供して、我が国の将来をゆだねる人材に育っていただきたい、そうした思いは与党も野党もない、私たちの共通した願いだと思っております。そのためには、しっかりとした予算の裏付けの下で着実に政策を実施していくことが求められると思っています。
私たち与党は、政策を実施する場合、党の部会とか各種機関や会議に諮って具体的にすべてクリアしたものだけを法律案として国会に提出します。各種機関等の中では法律案の問題点とか財源等について徹底した議論が行われて、それに堪えられないものは日の目を見ることはないわけであります。責任を持って国会に法律案を提出して、その政策を実施することができるかどうかが政策担当能力があるかどうかの指標の一つであると思っています。
先般の高校無償化法案は、恒常的に毎年四千五百億円の予算が必要であるにもかかわらず、その財源について納得できる説明がございませんでした。発議者は四月二十三日の当委員会において、一般財源化された道路特定財源二兆六千億の中から財源を捻出すると答弁されておりましたけれども、そのためには具体的にどの政策を縮小して教育に回すのか明らかにされておりませんでした。今回の三法案については直接予算を必要としませんけれども、仮に成立すれば、その政策を実施するためにやはり予算が必要となるわけであります。その場合、財源をどのように確保しようと考えられているのか、少し心配であります。
現在、財政再建のさなかにあって、厳しい財政状況の下で各行政分野において骨身を削るような行財政改革が行われておりますけれども、このような状況の中で学校環境を整備します、あるいは人材確保法や行政改革推進法を改正して国立大学法人等の人件費総額と公立学校教職員総数等の削減規定を削除します、また先般審議した高校授業料を無償化しますなどという法案は、確かに聞こえはいいんですけれども、具体的な施策と財源の裏付けがなければ、どんな政策でも絵にかいたもちになると思うのであります。私は今回の三法案に対して率直にこのような感想を抱いた次第であります。
それでは、個々の法案について順次お聞きをしてまいります。
まず、学校教育の環境の整備の推進による教育の振興に関する法律案であります。
この法案を読ませていただきましたところ、第六条の学校教育環境整備指針というところがちょっと気になりました。この学校教育環境整備指針については、第二項で学級編制や教職員数の目標水準について定めるものとすると規定されておりますけれども、発議者としては具体的にはどのような程度の水準を想定しているんでしょうか。また、その定められた水準を達成するためにはどの程度の予算が必要となるのか、もし見積もっているのであれば具体的に額を示していただきたいと思います。
まず、すべての委員の皆さんと、学校環境を整備しなきゃいけないと、この認識を共有していただいているということは大変有り難いことだと思っております。
それで、私は二〇〇一年に参議院に当選をしたわけでありますが、例えば二〇〇〇年から今日に至る決算ベースで申し上げても、国費ベースで二兆円の教育費が削減されているわけですね。もちろん、この中には三位一体の改革が入っております。じゃ、地方でどれだけリカバーされているのかというと、五千億でございます。つまり、差引きで一兆五千億円の教育予算が削られてきたと、こういう事実はこのまさに委員会で共有を改めてしていただく必要があると思いますし、そういう意識を共有していただいているものですから、昨年は、大臣が理事のときに衆議院の文教科学委員会でも教育費をきちっと確保していくんだということを与野党を挙げて決議をされたと思いますし、教育振興基本計画の中でもそういう議論が、これは与野党を挙げてやってきて、そしてそこは今もちろん道半ばではありますけれども、そういうことだと思うんです。
じゃ、これをどうやって盛り返していくかといったときに、その具体的な盛り返すための国民的な理解、合意を得るための方法として、私どもは今回の学校教育力三法案を提出をさせていただいているわけであります。
その中で、これはそもそも今の、例えば標準法にしても、あるいは教員免許の在り方にしても、例えば教員免許法というのは昭和二十四年にできた法律でありますし、標準法は昭和三十三年、幼稚園の設置基準は昭和三十一年でございます。要するに、基本的にはそのときの枠組みの延長線で来ているものですから、どんどんどんどんこれ押し込まれてきているわけでありまして、やっぱり二十一世紀の今日の現状に踏まえて、そして諸外国の情勢も見て、今の教育の置かれた現状、そして二十一世紀の教育を見据えたときに、やっぱりこういうことがあるべき姿だろうということをきちっと国が、あるいは国会で議論して示して、それを達成するためにはこういうふうな具体的な計画が必要で、それにはやはり税金を、ほかの諸課題、我々の場合は、これは公共事業を削減します、コンクリートから人へということを、これ代表を含めて言っているわけですから、歴代の代表が言っているわけでありますから、それよりも教育予算を最優先をしていくということは、だから、削るところはどこかといえばコンクリート予算で、増やすところはどこかといえば人の予算と、こういうことになります。
そして、二兆円削減をされてきた、これをどう盛り返していくかということでございますが、じゃ具体的なその数についてどういう目標を持っているのかと、こういうお尋ねでございますが、私どもは、やはり教育の質というのは、様々な制度論が行われてきましたけれども、制度論が私はもうこの間過剰になり過ぎてきたと。それはなぜかというと、結局、予算カットあるいは人員カットが先ありきで、ここは議論してはいけないということになるので、何か教育改革というと制度改革と、こういう悪循環を断ち切りたいと。教育というのは、基本的にいい先生が十分な時間、情熱を持って、やる気を持って、そしてそのことがちゃんとリスペクトされて臨んでいけば、いい教育は基本的に私は行われるんだと思います。
そういう意味で、まず十分な時間を取れるという観点で申し上げますと、やはり教員一人当たりの生徒数というものがOECDの中で一番最も条件が悪い状況になっていますから、少なくとも教員一人当たりの生徒数はやはりOECD並みにしていく必要があるというふうに思いますし、それから、先進各国を見てみますと、教員実習が二週間で免許が取れるという国は日本にしかありません。それから、多くの国が少なくとも五年、フィンランドは六年と、こういうことになっていますから、そういった意味での質、数の拡充をしていかなければいけないと、こういうふうに思っているところでございます。
では、OECD並みにしていくと……
順次やりますから。
はい、分かりました。
そういうOECD並みと、こういう目標でございます。
三十分しか時間がないわけでありますから、答弁だけでもう五分以上過ぎていますので、簡潔にひとつ発議者もお願いしたいと思います。
そして、この法案の中で、第二項第一号で、教員のその有する免許状の種類ごとの比率について、ちょっと触りましたけれども、お聞きしたいと思っています。
この条文のように教員の有する免許状ごとの比率について目標水準を定めますと、かえってその目標に縛られることになるんじゃないだろうか、あるいは教員の配置に当たって多様な人材の確保とか柔軟な対応が困難になるんじゃないかなと思いますが、危惧していますけれども、具体的に何をどのように定めることを想定しているのか、また多様な人材確保等に対する影響についてはどういうふうに発議者は考えていらっしゃるのか、端的にお答えください。
今回の法律では、専門免許状と一般免許状、あと特別免許状、臨時免許状ということになるわけでありますが、要するに、専門免許状を持った人をどれぐらい、一般免許状を持った人をどれぐらいと、こういうことは目標として決めていきたいと思っております。
そういう意味で申し上げますと、今おおむね百万人ぐらいの教員が全国でおりますけれども、毎年の新規採用というのは二万五千弱ぐらいなんですね。そうすると、仮に今後その修士を採っていくということになっても、要するに二万五千ずつしか増えない、残りの九十万人の方々は現職の教員であります。私どもは現職の教員の皆さんに対しても約十年ぐらいたったところで、まあ八年ですけれども、十年ぐらいたったところで、きちっとそういう更に上位の免許、研修、研さんを積んでいただいて免許を取っていただきたいと、こういうふうに思っております。
したがって、そういうふうな現職の教員にもっと高い免許を取っていただくということを奨励をするまず目標を掲げて、そのためには、当然その間、例えば一年間ぐらいもう一回大学院に行き直していただくというようなことも必要になってきますから、その分の定員も確かに少し多めに確保しなきゃいけませんし、それから、当然そのための予算というのも今よりは増えていくということになりますので、そういうことを計画に織り込んでいくと、こういうことに考えているわけであります。
三番目ですけれども、学校の施設及び設備についてちょっとお聞きします。
発議者は目標水準について具体的にどのようなものを想定されているのか。そして、施設整備について目標を定めて全校整備することになりますと、義務教育段階だけでも、小学校が全国で二万二千校、そして中学校、一万校もあるわけですね。したがいまして、多額の費用が要することになりますけれども、発議者としてはどのような額が必要になるのか、そういう積算をしていたら教えていただきたいと思います。
恐らくこの問題意識は政府とほとんど同じだと思います。要するに、地震で壊れないまず校舎で学んでもらう。それから、本予算でも、補正予算でもスクール・ニューディールという予算が出されて、もちろん私は中身においてちょっと賛成しかねる部分もありますけれども、例えばきちっとICT化を進めていくとか、そういう予算も取っておられるわけでありまして、私どもも、基本的には耐震の問題、あるいはこれから非常に多様化する情報教育も含めてのそうした設備、まあ整備の内容については我々疑義がありますけれども、そういった対応をしていかなきゃいけないということは同じ意見を共有しておりまして、その部分については、もちろん予算の許す範囲内ではありますけれども、きちっと計画を持って、補正予算でやるのももちろん結構です、それは計画を前倒しすることになりますから。しかしながら、やはり五年なりなんなりの計画的に順次進んでいくということを見せていく必要があるということで、こういうことを盛り込んでいるところでございます。
淡々と聞いてまいりましょう。
本法案で規定する教職員の配置、教員数、教員免許の種類ごとの比率、学級編制、学校の施設整備、これについて、目標水準等の内容によっては多大な、本当に多大な財政負担を生ずるおそれがあるわけです。現下の厳しい国家財政において、そのような金額をどこから出すのか。本法案については、理念はすばらしいものだと思いますけれども、先ほど述べた、前回の高校無償化法と同様に、その裏付けとなる財源の確保について心もとないところがあると思っています、私は。
発議者が考える水準を達成するためには財源の確保が絶対必要なんですね。そこのところを説得力を持ってちょっと御説明いただければ有り難いと。
もう先生十分御承知のことだと思いますが、高校無償化法は法案成立とともに直ちに予算を必要とするという法律でございます。今回出しておりますのは、むしろ財源確保するために国民的合意を得るための法律でございます。
つまり、この法律が成立して直ちに予算が幾ら幾ら発生するわけではありませんで、この法律は、要するにこういう教育をやろうじゃないかと。それを単に施設面の話ではなくて、やっぱり人の部分、あるいは人の質の部分、そしていろいろなソフト、知恵、そうしたソフトウエア、ハードウエア、ヒューマンウエア、トータルの二十一世紀の日本が目指す教育というものはこうですよということをきちっと法律でもって国民にお示しをすると。そうすると、諸外国に比べてここが足らないんだな、あるいはGDPに占める公教育の公財政支出も少ないんだなと、このことを御理解をいただいて、そして、ああ、これはやっぱりもっともっと我々の貴重な貴重な税金を教育につぎ込んでいかなければいけないなということを御理解いただくための法律でありますし、財源を、まさに予算を確保するための法律だと、こういうことでございます。
発議者のお考えも分かりますけれども、確かにこの三法案は直接予算を必要としませんけれども、仮に成立したとすれば、やっぱりその政策を実施するためには予算が必要になるわけですね。そうしたことから財源どうするのかということを聞いているわけですけれども、もう時間がありませんから次に移ります。
次は、教職員の資質及び能力の向上のための教育職員免許の改革に関する法律案であります。
本法案では、すべての教員の基礎資格として修士の学位を求めている。現在、東京、大阪など大都市を中心として、教員の大量退職時、深刻な状況になっていますけれども、したがいまして、採用試験の競争率が大きく低下しているわけです。これに伴って、教員の資質、能力の維持が大きな課題とされております。在学期間の延長とそれに伴う学費の負担増から、教員を目指す人が減ってしまうことも予想されるわけですね。四年から六年になるわけですから。その結果、競争倍率が低下して、逆に教員の質が低下する危険があるんじゃないだろうかと私は思っているんです。
優れた多様な人材を教育現場に招き入れることができる点は、現在の教員養成制度の大きな利点でもありますけれども、しかしながら教員養成六年制の下で教員採用試験の倍率を維持しようとすると膨大なコストが掛かる。その割には質も思うように上がらない、こういった事態が招くおそれもあって、法曹養成においても、法科大学院大学のように、一部こうした事態が指摘されておりますけれども、したがって極めて慎重な対応が不可欠だと思いますけれども、この点、発議者はどう考えておられるのかお伺いします。
まず、ちょっと前の御質問で、もう簡単にお答えしますけれども、政府はこの八年間で二兆円の教育予算を下げてきたんです。この下げを絶対に止めなきゃいけないんです、直ちにですね。それから、都道府県あるいは市町村は、きちっと交付税で手当てしているにもかかわらず、教育のために手当てした交付税をほかのことに流用しているんです。これも止めなきゃいけないんです。そのためにこの法律が必要だということを御理解ください。
そして、御質問にお答えをいたしますけれども、教員の質、特に大都市圏における質を確保しなければいけないというのは、これはおっしゃるとおりです。それを倍率を維持することによって確保するというのは、もう私は限界だと思っています。
といいますのも、ここで劇的に教員給与を一・五倍にするとかそういうことができれば、それは倍率を確保して、今の制度の中で大勢集めて、その中から優秀な人を採ればいいんですけれども、それは現実問題として民主党政権になっても教員の給料を二倍にすることは直ちにはできませんので、であれば、教員になろうということを相当覚悟を固めた人を二年間きちっとこれはやっぱり養成をしていくと。
そこに、その絞られた、今は教員免許を毎年十二万人取るんですね。したがって、教職課程というものが、十二万人を相手に今の教育学部あるいは大学院のリソースを投入しているものですから、どうしてもこれは薄くなります。そうではなくて、二万五千人ぐらい取るということになれば、少しバッファーは設けなければいけませんから、四万人とか五万人ぐらいの人たちに対してちゃんと今の有限な教育資源を、大学だって非常に予算が厳しい、人員も厳しい。そうすると、そこに集中する。
それから、とりわけ今の教員、新しくなる教員で足らないところはやっぱり実践経験なんですね。ここがほとんどやっぱりできていない。逆に、大学四年間、ボランティアとか教育ボランティアとか物すごく頑張っている学生が増えていますが、そういう学生は教職が取れない、あるいは教員免許試験に受からない。結局、採用が矛盾しているんです、結局は。そういったボランティア経験とか、あるいはどうしても東京都の場合は二千五百人から三千人ぐらい採ることになりますから、そうなりますと、一括で三千人採るということになると、その採用の公平性とかということになりますと、どうしてもペーパーテスト、数値化できる採用に偏らざるを得ないということになります。そうすると、数値化できない、目に見えない教員としての資質というものをきちっと一回のペーパー試験ではこれは見れない。そうなりますと、やっぱり二年間きちっとした実習を、まさに手塩に掛けて育ててから教育現場に送らないと教員の質は十分確保できないんではないかと、こういう考え方でございます。
それでは、現実的にその受入れ側の体制についてちょっとお聞きします。
修士レベルですべての教員を養成しようとする場合、専任教員とか予算の確保など、大学院における体制の整備が必要になるわけですね。法案にある移行措置によりますと、旧制度の免許状の授与は平成二十五年度末までとするとされておりまして、平成二十六年度からはこの新制度による授与になると。カリキュラムの構築や定員枠の設定とか一年間とされる教育実習の受皿の確保、こういうのには時間が掛かるし、難しい問題が山積していると思います。
六年制の導入に当たって、教員養成を行う大学院に対して、どのようなスケジュールで、何を財源として、具体的にどんな支援を行うのか、これをしっかりしないと受け入れる大学院側としては大変なことだと思うんですよ。このことについて端的にお答えいただければと思います。
もちろん大変なことだと思います。しかし、この文教科学委員会でも、薬剤師の方の六年化ということについて、大変ではありますけれども決断をして、そして今それぞれの薬学部で一生懸命頑張っておられるわけであります。
国立大学法人化以降、大学に対する運営費交付金というのがもう大幅にカットをされております。五%カットされております。その中で教職系といいますか教育系の大学に対する運営費交付金は更なるカットをされておりますから、そこはきちっと、まず運営費交付金を絶対カットしない、我々はやっぱり少しでもきちっと増やしていきたいと思っておりますし、今までカットされ過ぎてきた教員大学に対する運営費交付金をやっぱり元の水準に戻すということをした上で、そして現有の教育学部の教員をきちっと教職大学養成のコースにシフトをしていく、あるいはそこに集中をしていくということを併せてやれば、少なくとも大学側の体制なら今なら間に合います。これがもう少したちますと、もう教育系大学が崩壊をします、あるいは関連の学部が。だから、そうならないうちにこうした新しい制度への移行が必要だと、こういうふうに考えているところでございます。
時間がだんだんなくなってまいりましたので、一つ飛ばしまして、幼稚園教諭を養成するのは短期大学でもいいわけですね。この法案では幼稚園と小学校で共通の免許状をつくるようなことになっていますけれども、一律の六年制化は、短期大学士を基礎とする二種免許状の取得者が少なからずの割合を占める幼稚園や小学校の養成課程に大変な混乱を招くんじゃないかと思います。
現在、幼稚園教諭の養成は、申し上げたように短期大学を中心として行われておりますけれども、二種免許状の授与は一種免許状の四倍弱に及んでいます。これを一律に六年制とするのは余りにも非現実的じゃないかなと思うんですね。認定こども園における教育環境の質的向上を図る上で、教員と保育士の資格の在り方、重要な課題の一つとされています。幼児教育の在り方を国民全体で議論しようとしている中で、一足飛びに幼稚園教諭に修士の学位を求めるということは余りにも非現実的じゃないかなと思うんですよ、拙速じゃないかなと。
幼稚園関係団体とか保育所関係団体、あるいは小学校、幼稚園の教諭、保育士の養成にかかわる短期大学の団体とか、そして関係者の理解は得られているのでしょうか。このことについてお願いします。
御指摘の懸念は私どもも承っております。一足飛びにと申し上げましたが、これをやると同時に、併せていろいろなことをやらなければいけないという認識は先生御指摘のとおりでございます。
例えば、ただ、幼稚園の課程、御党も幼児教育の充実ということを言っておられますので、その問題意識は同じだと思いますが、例えば臨床心理士というのはやっぱり六年なんですね。特にやっぱり今ネグレクトだとかいろいろな非常に難しい問題、特に幼児教育をちゃんとやらなきゃいけないということになりますと、そういう心理学とか発達科学についての素養等々を考えますと、幼稚園の先生は短大でいいという認識はやっぱり改めるべきだろうと思っております。
したがって、幼児教育に携わる教諭もそうしたきちっとした養成が必要だということで、まず基本論としては私ども今回の法律をやっぱり幼稚園にも修士を持った人がいるべきだと。ただ、昭和三十一年にできました幼稚園設置基準というのがあります。幼稚園についても一律学級制というものを導入してこの幼稚園設置基準というのはできています。したがって、一学級に対しては一教諭がいなきゃいけないと。
ただ、この教諭も必ずしも教員免許を持った教諭じゃなくて、助教諭とかあるいはいろいろな、園長先生とかもそういうことが兼ねられるようには現行制度でもなっておりますけれども、あるべき幼稚園の、幼児教育の学習環境というものをきちっと我々は今回の指針の中で定めて、そして、やっぱり幼稚園に、本当に生涯、幼児教育というものをやっていきたいという免許を持った方と、それから、特別免許状というのは都道府県知事が臨機応変に出すことができます。そういう方々とがまさにチームティーチでやっていくというようなことをきちっとお示しをして、今短大でやっておられる方はそういう特別免許状を取って、そういう専門免許状を持った人をきちっとチームティーチでサポートしていく。
そこには、一律幼稚園については三十人学級、その学級制というものは、一律に押し付けるという考え方はコンセプトから改めていくし、それから家庭教育との要するに役割分担と、分担ということもきちっと再定義していく中で御理解を求めていきたいと、こういうふうに考えているところでございます。
私のお聞きする点に具体的にお答えいただけなくて、ちょっと私は残念でありますけれども、次にいわゆる教職員数拡充法案についても二、三問お聞きしたかったんですけれども、与えられた時間が来てしまいましたので、発議者に対する質問は以上にさせていただきます。
最後に、大臣、せっかくおいでをいただいておりますが、この三法案についてるる質問をさせていただきました。この質疑を通じて、現下の厳しい財政状況の下では、私はその三法案に対してどうしても賛成し難いという気持ちを強くしています。したがいまして、文部科学大臣に、これまでの質疑を聞いておられてどのような御所見を持たれたか、率直な御意見をお聞きしたいと思います。
今回提出されたこの三法案につきましては、考え方等、我々当然共鳴する部分もあり、今後、教育環境整備あるいは教員の養成等、しっかりと取り組んでいかなきゃならぬと思っておりまして、こういう点については、私どもとしてもずっといろんな検討をする中で、今委員が最初からおっしゃっていた、やはり実際にどこまでできるかという財政的な裏付けがあってしっかりと法案等が出される、政府としてはそういうことで、今残念ながら、例えば財政全体でいきますと、社会保障の問題等様々な課題がある中でどこまで教育予算が確保できるかということは、また私どももしっかりと確保するために努力していかなければなりませんが、現状を踏まえた上で、政府としてはこの今の現状では今回の法案についてはなかなか賛成しかねるような状況だと思っております。
終わります。
ありがとうございました。
最初に、教員免許の件について質問をさせていただきたいというふうに思いますが、今、水落議員おっしゃった観点は極めて重要な観点で、私も同じ今回の法案についての問題点、非常に重要なところが明確に言えない状況にあるということがこれが一番の問題だということは、今も、私も同じ意識で共有しておるわけでございます。
その上で、六年制なんですけれども、教員養成六年制、資質向上のために大変大事だということなんですけれども、現実、今、今もお話ございました、例えば幼稚園の先生は八割近くが短大卒だと、現状は。八割近い幼稚園の先生が短大卒で、二級免許というんですか、それを六年にするということはちょっと現実的ではないなと。そうだとしたら、今も少しお話があったんですけれども、子育て、そして幼児教育のために六年間しっかりと学ぶんだということがなぜ必要なのかということを明確に説得力を持って言わないと、なかなかこれは難しいなと。
なぜそういうことを言うかというと、学部はともかく大学院の勉強というのは、現状のですよ、特に文系は、そういうふうに基本的に教員養成の観点ということに通用するようなカリキュラムなり大学院の先生の配置になっているか、そして教育という観点がどれだけあるのかというように考えたときに、幼稚園の先生、ちょっと余りにもギャップがあり過ぎてよく分かりにくいなと。子供の心理とか様々な勉強が必要だということはよく分かりますけれども、現状の大学院教育のことを考えたときに、まずそっちから変えていかぬことにはちょっと耐えられないのではないかと、ほとんどもう希望者がなくなっていくんじゃないのかなと。理系はまだマスター、修士は耐えられるかも分かりませんけど、文系の場合は特に難しいのではないかという率直な感想を持ったんですけど、この辺はいかがでしょうか。
これは、私もおりましたけれども、平成十九年とか平成十四年とかに学校教育法を改正をして、修士に専門職大学院という制度を導入いたしましたですよね。先生もそこに加わっておられたと思いますが。
そもそもなぜ文系に専門職大学院という制度を設けたかといえば、これはもう釈迦に説法ですけれども、おっしゃるように、文系の大学院教育というのは非常に狭く深くの専門家を養成するという、研究者の専門家を養成するという場であったという反省に立って、世の中の現場で、例えば法律の現場、あるいは教職専門大学院というのももうできております。ここで毎年八百人の人たちがもう既に学びを開始しているわけでありますが、そういう人たちは、今までの反省に立って、ちゃんと教育現場で役に立つ実践能力を持ったプロを養成しようじゃないかという、そういうことでこの学校教育法に我々も賛同いたしましたし、与党の方々がそういうことで法案を提出されたんだというふうに私どもは理解をいたしております。
もちろん、そのことにまだ仏は作ったけれども魂が入っていないという御指摘かもしれませんが、それは、そのための予算も確保していなければ、そのためのリーダーシップも発揮をしていないという、これまでの与党の専門職大学院政策に対する御批判なのかなと。御批判は私、共有いたしますので、そのためにもきちっとした専門職大学院を、まさに始まったばかりの教職専門職大学院制度をやっぱりもっともっと充実させていかなければいけないんじゃないかなと。そのときに、幼稚園課程を排除するということはおかしいんじゃないかなということを言っているということでございます。
ここでおっしゃっている六年制の中の二年間の大学院における勉強というのは、ありとあらゆる教科、小中高、全部教職大学院で受けるという、そういうことでしたかね。
それは、必ずしもそうではございません。
といいますのは、教育の専門性といったことを考えた場合に、学校経営の専門性、あるいは教科指導の専門性、それから生活指導あるいは進路指導の専門性と、こういうことになりますので、例えば、教科指導の専門性などは、理学部の修士を取った人が、加えてきちっと教育の実習を延べで一年間程度ちゃんと、今は二週間で取れますから、これでは、確かに物理のことは詳しいかもしれませんけれども、子供の前に立ったらもう何もしゃべれない、あるいは難しい数式ばっかり振りかざして、これじゃ全く伝わりませんから、そういうことを追加してちゃんとその免許状が取れると、こういうことでございますので、全部が教職大学院ではございません。
その六年制ということと教育実習一年間やれということと、もうちょっと整合性を持ってきちっと計画を立てられた方がいいのではないかと。教職大学院の臨床的な、それはもう単位取らにゃいかぬわけですから、そういうことは私は教職大学院として非常に重要な理念の下にスタートしていると思うんですけれども。一年間教育実習を同時に課して六年も勉強せいということがちょっと、もっとうまく分かりやすく説明をしていただければと思います。
先生も今の教育学部あるいは学生の実態を御存じでおありだとは思いますが、私も毎年八十名から百名の学生見ておりますけれども、今でも四年だともう教養課程は一年もできません。例えば早稲田大学なんかはもう一年生のときから専門をやっているんです。それでやっと四年で何とか教職課程が取れるぐらい、やっぱり教職課程も、情報のこともやらなければいけない、いろいろな教育心理のことも、あるいはいじめのことも不登校のことも、やっぱり学ばなければいけない要素が物すごく増えてきて、実はそのことが今教養課程の、本来全人格的教育をするところも圧迫しているということをまず御理解をいただきたいと思います。
この四年の中で更に教育実習を追加する余裕はどこにもありません。したがって、六年にして、そしてやっぱり、なかなか残念ながら、私も毎年大学一年生見ていますけれども、どんどん未熟化しております。したがって、教養課程もやっぱりもうちょっと充実をさせなければいけない、その上で高度化する専門も学ばせなければいけない、それからその上で子供ともちゃんと接してコミュニケーションする力も育てなければいけないということになりますと、どうしてもやっぱり四年ではもう足らないと。だから五年、六年にしていかなければいけないんじゃないかと、こういうことでございます。
全人的なそういう観点からの力を身に付けて現場に行くということは大事な視点だと思うんですね。ただ、今の高等教育もそうですけれども、高校教育も含めて、全人教育の観点というのは私は非常に弱いと。だから、学力テスト、学力至上主義みたいなこと、学力とは何かということもありますけれども、点数で表現された学力というのは非常に気になりますので、ペーパーテストの弊害やと思いますけれども、教育の根本的な在り方にかかわることになっていってしまいますけれども、そういう議論とか中身を抜きにして六年間とにかく学ぶ年数を増やしたらいけるという角度は、ちょっと私はもう飛躍しているなというふうに思うということを感想に述べさせていただいて、次の問いに行きたいと思うんですけれども。
今回、教員免許授与権者、これを文部科学大臣とすると、普通免許状ですね、これは。これは私はどうかなと思います。
まず、現行どうなっているのかということを確認させていただきたいと、文科省に。なぜそうなっているのか、なぜ今は都道府県教育委員会になっているのかということを併せてお願いします。
教員免許の授与権者ということについてのお尋ねでございますけれども、教員免許の授与に係る事務につきましては、実は平成十一年度までは国からの機関委任事務でございましたけれども、当時の免許状授与に関する事務の実態を申し上げますと、国は基準の設定を中心に行いますものの、実質的には都道府県の教育委員会が戦後一貫して授与権者として教員免許の授与に関する事務を行ってまいりました。そこで、その後、平成十一年の地方分権一括法によりまして、免許状の授与につきましては、こうした運用の実態を踏まえ、地方分権の観点から、従来の機関委任事務から自治事務へと変更、整理されて現在に至っているものでございます。
今の話は全然分からないんですけどね。地方分権一括法になって自治事務になったと。すると、それまではそうじゃなかったということになるんですね。ということは、民主党と同じ意見……。
元々は授与権者は国だったんですか。これは本当にそうなのかね。
国から都道府県教育委員会に対する機関委任事務でございましたので、実際には都道府県の教育委員会が授与権者として教員免許の授与に関する事務を行っていたところでございます。
いずれにしても、一括法で今は自治事務になっていると。教員免許の授与は都道府県でやるんだと。それは、要するに機関委任事務から自治事務になったということは、元々は国の権限だったんだけれども、自治事務に変えたと。これはちゃんとした理念を持ってそういうふうに判断したというふうに考えたいんですが、どうなんですか。
そのとおりでございます。
これちょっとね、これは駄目だよ。ちょっと準備、やり取り不足でこうなって、済みません。
この教員免許法というのは昭和二十四年にできたわけですね。そのときの趣旨説明は、法案の趣旨説明は、免許の授与権者についてだと、第四点は、これは趣旨説明者が言っているんですけど。旧制度、戦前やね、これは旧制の中学、高校は文部大臣だったと。それで、国民学校、幼稚園は都道府県知事、県知事、これは国が任命した知事ですけど、というふうになっていたと、授与権者になっておりましたが、この中央集権的傾向を排して、すべて都道府県に一任することとしたのだと。これが昭和二十四年、戦後の教員免許法の基本的理念やったと思うんですよ。いつの間に国の機関委任事務になったのか、私はよく分かりませんけど。
私は、本来これは、もちろん全国的な免許の基準はある、それはだからこういう教育内容、カリキュラムやりなさいよということを法律に明記してあるわけですからね。別表にもちゃんと書いてあると。それで水準保っていたと。だけど、あくまでも授与権は県にあるんだ、都道府県にあるんだということは大事な理念だという考え方でこの教員免許法という現行法は成り立っている。それと全然違う今回の民主党の案なので、普通免許状をどうして文部大臣にするのかということのお考えをお聞きしたいと。
我々、日本国教育基本法、まさに教育基本法改正のときに、我々の考え方として、対案として出させていただきました。もうそのときにやっぱりきちっともう一回、何が国の役割で、何が県の役割で、何が市町村の役割でということを理念から再整理をさせていただいた結果でございます。
つまり、要するに今までは人事というのは、免許付与もあるいは採用も、そして教員人事もこれは都道府県教育委員会がやりますということで今までできてきたわけであります。しかしながら、私どもはやはり教育委員会、とりわけ都道府県教育委員会の形骸化、やっぱりこの形骸化の中で、あるいは教育委員会、非常勤の委員によって構成される教育委員会を隠れみのにいろいろなことが、不祥事も起こっている、あるいは、という中で、やっぱりこの県教委というものを主体とした教育行政の在り方を抜本的に見直す必要があるということで、一つは、きちっと設置者がもっと人事も設置権もそういう現場にまず権限をきちっと付与するものは付与すると。そこで地域住民なども入っていただいて、まさに地域の子供は地域でちゃんと育てるんだと、もちろん基礎自治体もサポートしながらと。こういうことをまず一つやりました。
しかし、じゃ、そのときに、国民の学習権というものをひとしく保障すべきこととして、最終的な責任は国が担うと、こういうことになるわけでありますが、まずその経済的な学習環境、経済的な理由で学べない、ここは国が最終的にやらなきゃいかぬということと、質の管理について、その教育の内容について、これは地方政府といえども微に入り細に入り介入するということは望ましくないと。しかし、じゃ質を確保しようと思えば、まさに教員の質と、あるいはそこでのカリキュラムということは、これはある程度標準化をしなきゃいけないと。ということであれば、そこは国の権限にしていこう。
さらに、先ほどおっしゃるように、教職大学院あるいは教職を育成していくためのやっぱり高等教育というのはもう今全然駄目です。ここを充実させていく。これはやはり国立大学、私立大学中心となりますから、高等教育の主体はまさに文部大臣でありますから、そこは一元的に文部大臣がこの両方をきちっと見ていく。
先ほどの六年制は、これは必要条件です。もちろん必要十分だとは思えません。十分条件は、例えば今ほとんどの人が研究者が教えていますけれども、これをやっぱり変えないといけない。例えば校長先生とか、あるいは非常に教育現場で成功した人を教職大学院の教員に据えるとか、それから、やっぱりそこもただ単に座学じゃなくて、実学の部分のまさにインターンシップとか教育実習の、そういうことをちゃんとやれる。単に閉じた象牙の中の教育学部をやっぱり開かれて、当然地域の小学校、中学校と日常的に教育をコミュニティーで育てると、こういうことにもしていかなきゃいけないわけであります。そういったことを一体的にデザインできて、それを推進できるのはやっぱり国だということでこういう制度設計にさせていただいているところでございます。
ちょっと雰囲気的には共有している部分あるんですけれども、ちょっと厳密に言うとよく分からないなと。
この環境整備法もそうなんですけれども、要は、学校教育整備指針も振興計画に書きなさいと。学級編制とか教員配置もそうなっていますよね。現行は、ルールと実情は若干違う部分もあるかも分かりませんけれども、基本的に学級編制権、そして教員の配置権は地方自治体だというふうになっていると思うんですね、今学校教育法も。それを、今回の法案通して民主党さんは学級編制権も、教員の配置も権限は国でするんだというお考えなんでしょうか。
いや、それは全く違います。国は指針を示すだけでございますから、今標準法で書いているようなことをきちっと指針で書いていく。ただ、標準法は単に数の話だけ書いていますから、あるいは非常に限定的な話しか書いていませんから、学校環境というのはもっとほかにもいろいろ考慮する点があるでしょうから、この際きちっと、標準法に書いていることは踏襲しますが、それ以外の重要なことも併せて指針というパッケージにしていくということでございます。
ここは実は非常に重要なことで、標準法はありますけれども、それ以外のことはほとんど文部省の省令である設置基準なんです。省令ですから、内閣も関与できない、あるいは国会もまして関与できないと、こういう状況にあるわけでありまして、今の学校環境にどういうことが重要で、どういう指針を持って臨まなければいけないかというのは、これはきちっとやっぱり国会で国民的な議論に付して、そして充実をし、そしてそれを広めていくと。そういう枠組みに、せっかく教育基本法を変えるわけですから、我々は日本国教育基本法案を出したときにこの法案の基となるものは一緒に出したわけですけれども、そういう議論をやり直さなければいけないんじゃないですかと、こういうことであります。ですから、個別の編制について国が何とか言うということでは全くありません。
だから、次の御質問なのかもしれませんが、「参酌し、」と書いてあるのは、基本的な設置者のイニシアチブというものは尊重しているわけでありまして、そこはまさに考え方と方針を示すということで御理解をいただきたいと思います。
最近、立法府は基本法ばやりで、どんどん法律作って、計画は国で作って、自治体は努力義務だという法案がもうラッシュのごとく、教育基本法ラッシュのようになっておるんですけれども。
私は、法律を作る側というのはちょっと気を付けにゃいかぬなと思うんですけれども、法律を作る、今回も法案ですけれども、作るということは、今まさしくおっしゃったように、法律を作るということは、法律というのは余り細かく書けませんねと。だから、政省令、下位法令で義務付け、枠付けをしていくわけです。それは、全国一律になるわけですね。だから、法律を作るということはそういうことなんですよと。全国一律でルール作りをして、省令までということもよく考え、それは立法府タッチできませんけれども。そういうことまで考えて法律を作るということをやらないと、何か地方にゆだねるといいながら、どんどんどんどん義務付け、枠付け、今議論、地方分権委員会でされておりますけれども、それが何かないがしろになっていくのではないかと。法律を作って終わりじゃありませんし、法律を作るということは、すべての国民を義務付けるというか拘束するということにもなるわけですから、法律を作るときには、まさに今、鈴木提案者がおっしゃったように、政省令まで影響を与えていくんだという、そういう配慮が非常に必要だなというふうに考えます。
ちょっともう時間がなくなってきましたので、いろいろほかに聞きたいことあったんですが、私は、教育の必要性、重要性ということはもう山ほど言われているんですけれども、気を付けにゃいかぬのは、やっぱり子供と接しているのはだれですかと。子供と接しているのは、親も接していますけれども、行政的には学校ですねと。そこで接しているのは先生ですねと。その学校現場の先生と生徒、そこで影響し合いながら子供は影響を受けていくし、いい影響、悪い影響を受けていくと。
そこにいろんなことを指示する人とか意見言う人がもういっぱいいてると。市町村教育委員会がそうだ、都道府県教育委員会がそうだ、その教育委員会にも教育専門家よりも行政マンがえらい増えておりますね、現場に立ったことのない人までやっていますねと。中央は中央で、文部科学省が様々な形で、もちろん国民が何とかせい言うからですけれども、いろいろ口出しというか御意見をおっしゃいますねと。おっしゃり方は通知とか今言った法律もありますねと。
現場は、だけれども、子供と接しているのは学校の先生ですよと。学校の先生はもちろん教育者であるけれども、教育行政の最先端でも、確かに学校現場がある、校長先生なんかは特に最前線の教育行政機関かも分かりませんけれども。だけれども、教育行政をやるときに必要なのは、その学校現場で子供と接しているのは先生であるということを忘れぬようにいろいろ意見を言わぬといかぬなということを痛烈に、今痛切に感じておりまして、そういう観点からこういう、先ほど鈴木先生がおっしゃいましたように、様々な問題点、問題の観点、指摘も共有する部分たくさんございましたけれども。
だから、どうするんですかということで法律を作る、予算を立てる。予算は私は極めて重要やと思いますけれども。だから、それはやっぱり学校の先生をもうちょっと信用して、ほとんどの先生が一生懸命頑張っておるわけやから、中にちょっと間違う場合もありますけれども、基本的には一生懸命やって、悲鳴上げて、やりにくくなっていると。だから、佐藤先生おっしゃいました、やっぱり給料とか先生方の待遇ですね、これをやっぱり大事にせにゃいかぬ、こういう御時世だから大事にせにゃいかぬ。一律に公務員カットという観点でやってはいけないということは、私は痛切に感じております。(発言する者あり)だから賛成できないんですけれども。
これは、やっぱりちゃんときちっと、国でどれだけお金出しますか、地元はどれだけ出しますかという、国と地方の公的負担も両方あるわけですから、それをどういうふうに分担していくんですかと。権限と財源も一緒になって渡してくるよと言っているけれども、権限をまた何かバックするようなイメージもあったので、この法案は。そういうことで、ちょっと分かりにくくなっているなというふうに思っております。
時間が参りましたので、済みません、大臣に。
教育現場のよく視点に立って、この条件整備のためにお金は極めて重要だと、子育て支援なり子供のお金を手当てするについてはしっかりと確保せないかぬ、これはもう与野党を超えて、先ほど大臣もおっしゃったように、理事のときにもそういう決議をやったということに表れていますように、それ共有しているわけです。だから、その観点は大事にしつつも、やっぱり教育現場の重要性に視点を置いた、そのためにはやっぱり教員の待遇なり、労働時間外手当どうするかということも今日は聞きたかったんですけれどもできませんでしたけれども、それも踏まえて大臣の御所見をお伺いしたいと思います。
当然ながら、教育現場、大変重要でございまして、この教育環境整備、そして教員の待遇等、しっかりと取り組んでいかなきゃならぬわけでございます。
一方で、政府において、行革推進法等、大変厳しい財政事情の中で政府全体で取り組んでいく方針がありまして、それに基づいてどうできるかということが今現実の我々の対応でございますので、ここら辺は将来に向けて、今日提案されたそれぞれの法案の課題も踏まえて今後しっかり検討していくべきだと思っておりますが、今の時点でこれについてはなかなか、先ほど申し上げましたように、我々文科省としても現実的ではないという判断でございます。
終わります。
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