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 現在、何よりも必要なポリシーミックスとは、失業者対策である

    慶応義塾大学SFC 松本 泉  


日本の金融システムが危機に瀕している。日経平均株価は8000円~9000円台で推移し、2002年3月末には1.3兆円であった大手銀行の含み損が5兆円にまで拡大、新会計基準 に従って自己資本比率を計算すると大手行の自己資本比率は9%台半ばとなり、税効果会計を除いた計算では国際業務を営むのに必要な8%の水準を大きく割り込む7.37%となる。(全国銀行の平成13年度決算における当期利益は-4.9兆円と大幅な赤字であったことから、繰延税金資産は概念上の自己資本ではありえても実際上の自己資本ではありえない)またバブル崩壊後10年間で全国銀行は90兆円にも上る不良債権処理を行ってきたにも関わらず、その間不良債権額は増加の一途を辿り、現状においても銀行は43.2兆円もの不良債権を抱えている。銀行の財務状態はバブル崩壊後時を経るごとに悪化し続けており、資産デフレが止まらない限り今後一段と悪化することは疑いようがない。この10年間、不良債権処理を先送りすれば先送りするほど、日本の金融システムは脆弱さを増してきた。抜本的な不良債権処理を行うのは、有価証券の含み益によるバッファーを失い、過去10年間で最悪の状況にある今しかないのである。

不良債権処理には貸倒引当金を計上してバランスシート上には不良債権が残り続ける間接償却と、債権放棄・債権売却・相手先企業の法的整理などを含みバランスシート上から不良債権をオフ・バランス化する直接償却の2種類の方法が存在するが、会計上では両者は同様の意味を持っている。ならばどちらを選択するかであるが、融資先企業の大量の清算を伴う直接償却は現状の日本経済の体力からいってこらえきることができない可能性が高い。従って比較的マクロ経済への一時的な悪影響の少ない間接償却によって、長期間にわたる企業整理と抜本的な不良債権処理を行うという方法を選択すべきである。その際には、98年の「梶山プラン」に基づく強制引き当てをDCF に応じた査定基準で行うという、慶応義塾大学の曽根泰教教授の提案をベースとするべきだろう。その際、強制引き当てによって資本不足に陥った銀行には公的資金を注入し、債務超過に陥った銀行は普通株取得によって国有化すべきである。

しかしながら上記の不良債権処理にもいくらかの痛みと混乱が伴うため、それを和らげるための適切なポリシーミックスを併用することが必至である。そしてそのようなポリシーミックスにおいて何よりも優先されるべきものは、失業者に対するセーフティネットを拡充することである。

不良債権処理には金融機関の整理と企業淘汰がつきまとう。本来金融に対するセーフティネットとは預金者保護であり、企業破綻に対するセーフティネットとは失業者対策である。すなわち企業淘汰に対する安全網とは決して企業をつぶさないということではなく、それによって生じる失業者の将来を政府が保証するということである。

失業者対策は1980年代のイギリス・サッチャー政権下でも重点的に行われた政策である。当時のイギリスは国有企業の肥大化と、強力な労働組合の賃上げ要求によって恒常的に発生していたインフレ・高金利の阻止・是正を行うために緊縮的な予算を作成したが、その緊縮予算の中においても2つだけ前年度より予算が拡充された項目がある。それは1つがソ連の軍事的脅威に対抗するための国防費であり、もう1つが改革に伴う失業者を救済するための雇用対策費であった。
現状の日本においても雇用対策のモデルとなるのはイギリスの失業者対策である。しかしその対象はサッチャー政権ではなく、ブレア政権の「第3の道」における「ニューディール政策 」である。それこそが本コラムが提唱する「オプション雇用制度」に他ならない。

不良債権処理に伴う人々の不安の根源とは自らの雇用であり、将来の所得・財産・生活に対する不確実性である。それは失業者は勿論、現在就労中の人々にも不安感を与え、消費を控えさせるという悪影響をもっている。このような失業に対する不安を解消するには、その後の自らの再就職や人生プランの策定に政府が積極的に関与しているという姿勢を示すことが重要である 。特に日本においては自らの今後について政府が支援してくれているという感覚を失業者にもたせる(または就労者にそのような期待を抱かせる)ことは、わが国の歴史的な「お上意識」によって絶大な効果を持つと考えられる。

本コラムの提唱する「オプション雇用制度」では、人々は失業した場合自動的にハローワークに登録され、2~3日以内に開催される政府のセミナーにおいて以下の「4つの将来オプション」が提示される。
① 他企業への再就職(採用企業には助成金を与える)
② 教育機関での再教育(本人が将来に返済義務を負う奨学金を給付する)
③ NPO・NGO等でのボランティア活動
④ 新規事業の設立(公的金融機関による一定額の融資を伴う)
人々は失業保険金が給付されている期間中に上記の4つのオプションの中からどれか1つを選択する義務を負い、その期間を経過した場合には短期派遣労働者として人材が不足している産業に強制的に派遣されることになる。これにより1年以上にわたる長期失業者は格段に減少する。

上記の政策によって人々の未来に対する不確実性は確実に減少し、不良債権処理に伴う混乱や連鎖的な需要減退に歯止めをかけることが可能となる。いずれにせよ重要なことは、長期間の失業は「悪」であり、そのような社会悪を駆逐するために政府が積極的な関与を行っていくという姿勢を示すことである。勿論金融に対するセーフティネットが預金者保護だけでなく貸し渋り対策も含むことと同様に、企業破綻による需要減退・不確実性増大に対するセーフティネットも雇用対策のみではないだろう。しかしながら不良債権処理に伴ってこれだけは必ず行わなくてはならないという政策は、預金者保護と失業者対策なのである。何故ならば「金融危機」とは、人々の不安を媒介として無限の膨張を遂げていく自己実現的な観念だからである。

また例え金融機関の金融仲介機能が正常化したとしても、抜本的な不良債権処理を行った直後はそれ以前より続く企業の資金需要の低迷(背後には企業の期待投資収益率の低迷がある)および企業と銀行間の相互不信によって、設備投資需要の低迷が持続することが予想される。特に銀行と企業との間の相互不信の根は深く、心理的なダメージを早期に回復することは困難である。実はこのことこそが不良債権問題の最大の悪影響であり、一度後退した取引やサプライチェーンを以前と同様に回復させるためには、不良債権処理と信用創造の連鎖という現象をつなぐための政策が必要不可欠なのである。そしてそのためには1400兆円に上る日本の個人金融資産を動かすしかないであろう。筆者は以前のコラムにおいて強制インフレの発生による実質金利の低下を提唱したが、最も本質的な解決策とは家計の将来不安の解消による個人消費の活性化である。そしてそのために何よりも雇用対策を充実させなくてはならないのである。

不良債権処理はそれ単独では単なる「政策」に過ぎず、より長期的な一連の「戦略」の中で重要な位置づけを与えられなければならない。不良債権処理を機能させるためには同時並行的に将来の不確実性の除去が行われることが必須である。その2大柱こそが預金者保護と失業者対策に他ならないのである。


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