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慶応義塾大学SFC 松本
泉
2002年9月23日に民主党代表選挙が行われ、鳩山由紀夫氏が再選された。鳩山氏の再選を巡っては民主党内に様々な異論が渦巻いているが、鳩山氏は党内の正式な手続きに乗っ取って選出された代表であり、選挙結果に異議を申し立てるということは民主的政治プロセス自体を否定することと同じである。鳩山氏には党内の異論に躊躇することなく、自民党に代わり政権を担うことの出来る、リベラルな保守政党としての民主党の再構築を行ってもらいたい。
だが政権交代のためには、まず民主党が是非ともやらなければならないことがある。それは与党と明確に対峙し、国民の前に「ポスト自民党」の政府像を明示することである。そのための要件としては、全政府法案に対する民主党の反対と対案の提示が必須である。
世間には民主党はかつての社会党のように「政府案に何でも反対する無責任野党」になってはいけない、とする意見がある。そのため政府・与党案の中でもよいものには賛成すべきだ、とする主張は一見正論のように聞こえるが、それは本来の議会制民主主義の姿とは全く異なるものである。実は旧社会党が「無責任」であったと言われるのは、法案の全てに反対したからではなく、ただ反対だけをして代替案を示さなかったためである。言うなれば国民に対して政府・与党とは異なる選択肢を提示しなかったことに対する「怠慢」こそが、旧社会党が「無責任」であったと言われる所以なのである。それは選挙区に過半数の候補者を立てなかったということともパラレルであるといえよう。
95年~96年にかけて米国で「アメリカとの契約」を掲げたニュート・ギングリッチ下院議長率いる共和党が民主党を圧倒し、一時期ビル・クリントン大統領が「もはや再選は不可能」と言われながらその後に再選を果たすことができた要因も、共和党がクリントン大統領の提示した財政赤字と政府予算を削減する妥協案をただ拒否し、それに代わる代替案を示さなかったことによって民意がクリントン大統領に味方したからである。アメリカ国民はただ反対だけをして代替案を示さない共和党を信頼することができず、共和党は一気に失速してしまったのだ。
そもそも野党とは議会内における「反政府勢力」であり、政府・与党を批判することで政府に規律を促し、国民に多様な選択を保証する役割を担っている。まさに「例え歴史上最良の政府であろうとも、批判されなければならない」のであり、複数政党制はそのための制度的保障である。もし政府・与党案に賛成するというのであれば連立を組むか、閣外協力をするのが議会制民主主義の本筋である。
つまり野党とは政府を批判することで「権力のチェック機構」としての機能を果たし、また国民に「新たな政府像」を提示することに使命を負っていると言え、例えどのような政府案にであろうと賛成をしてしまったら、政府に対するモニタリング機能が果たせなくなり、国民には明確な野党像が見えなくなってしまう。言うなれば「与党の付加物」としての野党に堕してしまうことで、自らの政権担当可能性を失ってしまうのである。
よって野党第1党である民主党の役割とは、政府・自民党案の全てに反対し、その全てに対案を示すことである。この世に100%の政策などはありえず、どのような政府案にであろうと必ず相違点を示すことが可能である。そしてそれを明確な対立軸として国民の前にわかりやすく提示するのである。例えば現状であれば「日朝国交正常化交渉の白紙化」は小泉政権の外交方針に対する明確な対立軸となりうるし、「公的資金を活用した一気の不良債権処理」は、それを決断することのできない小泉政権に対するはっきりとした対立軸となりうるであろう。
このように現状の政府とは明らかに異なる「対立軸」を作り、それを国民に提示することこそが野党の存在感を高める最適な手段であり、野党党首の責任である。
「ニュー鳩山」とは「闘う鳩山」であることに、心から期待をしたい。
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